Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
以前、50万ポンドのフェラーリ 12チリンドリのレビュー記事を書いたのだが、予想通り読者から「誰にも買えないような車のレビューをするのは無意味だ」という意見を頂いた。もっともそれは事実ではない。エルトン・ジョンなら買えるのだから。
彼らが言いたいのは「自分には買えない」ということだ。車に使える予算は3万ポンドしかないから、それで買える車の記事だけ書いてほしいのだろう。しかし、世の中には車に500ポンドしか使えない人も存在する。それどころかバス代も払えず徒歩でしか移動できない人すら存在する。どこまで配慮が必要なのだろうか。
批判など無視するのが最善だろう。なので今回はメルセデス Sクラスのレビューを書くことにした。しかも貧乏仕様ではなく、フル装備の最上級エルトン仕様だ。価格はオプション抜きでなんと193,525ポンドである。
50年以上にわたり、Sクラスは自動車業界において重要な地位に立ち続けてきた。メルセデスはSクラスに合理的なドイツの最新技術を投入し、その技術は後に世界中の自動車メーカーが真似をしてきた。10年後に読者が買う3万ポンドの車に搭載される機能が知りたいなら、現行のSクラスを見れば分かるはずだ。
Sクラスは量販車で初めてABSを装備し、初めてクラッシャブルゾーンを採用し、初めて音声操作を実現した。ターボディーゼルエンジンを搭載したのもSクラスが最初だ。他の自動車メーカーが世界初採用したギミックも存在するが、重要な技術はすべてSクラスが最初だ。ただし3点式シートベルトだけは例外だ。これはボルボが最初に採用した。ただしシートベルトプリテンショナーを最初に装備したのはSクラスだ。
しかし、今のメルセデスには問題がある。車に必要な技術はあらかた出尽くしてしまった。そのせいで新型Sクラスはただ装備を詰め込んだだけの車になってしまった。まるで日本の家電量販店だ。用途はよく分からないが、とりあえず何か凄そうな技術が詰め込まれている。

例を挙げると、室内に入ってくる空気のイオン化を調整することができる。サブメニューを操作してシートを「キネティック」に変更することもできる。このモードでは走行中にシートが絶えず動き続ける。メルセデスによると、圧力が一点に集中することを避け、血流を改善することでドライバーの疲労を軽減できるらしい。ただ私にとっては煩わしいだけだ。動くシートなどまるで欲していない。
なので出発する前にこの機能はオフにする必要がある。それ以外にもありとあらゆる警報装置をオフにする方法を調べなければならない。しかも、30分間格闘してもすべての警報をオフにすることはできなかった。その結果、走り始めてわずか10分後、車が存在しない障害物を検知して勝手にブレーキを掛けた。この車を快適に運転するためには、5万ポンド相当の運転支援装備を無効化する必要がある。
しかし、それだけの苦労をする価値はある。この車を走らせるのは、原子炉に制御棒を挿入するようなものだ。4.0Lツインターボエンジンは最高出力612PSを発揮し、1,200個の液冷式セルから電気を供給される190PSのモーターがそれを補助する。最高出力は合計802PSで、最大トルクは驚異の145.5kgf·mだ。4WDになったのも必然だろう。
当然かもしれないが、この車は重い。車重は2.5トンを超える。にもかかわらず、0-100km/h加速はわずか3.3秒だ。ただ実際に乗ってみると、加速は思ったほど狂気的ではない。アイドリング中はAMGらしい排気音が聞こえるし、加速中にはV8の咆哮が鳴り響くのだが、車内は静寂に包まれている。車内照明を落ち着いた色に設定すれば、まるで羽毛布団にくるまっているような気分だ。
ただしほとんどの場合、リサ・ホーガンのような安全装備のせいでリラックスすることはできない。リサは1km先で車線変更をする車を見かけただけで、全身を震わせながらホラー映画さながらの悲鳴を上げる。メルセデスは彼女をモデルとして安全装備を開発したに違いない。
ヨークシャーのファイリングデールズ空軍基地にこれと同じ感度の装置が採用されれば、モスクワからアエロフロート便が離陸するたびにロシアに核攻撃を発動することになるだろう。メルセデスは起こりえない事態を常に想定し、何度も何度も私から車の操縦権を奪った。

問題は他にもある。寒くなるとフロントデフ(もしくはそれを代替する電子制御システム)が前輪に駆動力を送る際に振動が発生する。トランスミッションもたまに異音を発する。推察するに、この車には技術が詰め込まれすぎているのだろう。私の家もそうだ。何か電子的な問題が起こるたび、何らかの警告音が鳴って照明が暗くなってしまう。
しかし、こういった不具合について心配する必要はない。Sクラスを購入するような人間は自分では運転しないのだから。彼らは運転手を雇うはずだ。なので私はオーナーと同じ視点で評価するため、運転手を雇ってマンチェスターまで後部座席で移動することにした。
リアシートは非常に快適で、助手席を前にスライドさせるとシンガポール航空並みの広大な足元空間が広がる。リアのスクリーンに映し出される映像も楽しめた。今どのモーターが動いているのか、EVモードでの航続距離がどれくらいか、など、実際のオーナーは誰も興味を持たないような情報を見ることができる。
ただ、この車には致命的な欠点がある。嘔吐を引き起こす四輪操舵システムだ。ニュルブルクリンクや駐車場では役に立つのかもしれないが、高速道路での穏やかな車線変更すらも、後部座席では絶叫マシンのように感じる。後席に乗っているときに唯一無効化したいのがこの四輪操舵なのだが、この機能は無効化することができない。それゆえ、私がこの車を買うことは絶対にない。
これを読んで「Sクラスなんて買えない」とクレームの手紙を送る暇があるなら、旅行コラムのライターに「カリブ海旅行なんて行けない」と文句をつけて、ファイリーの車中泊スポットの記事を書くよう強要でもしてみたらどうだろうか。


昔はそうだったのかもしれませんが、最新技術に関して日本の出る幕はかなり減りましたね⋯
auto2014
が
しました