Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェームズ・メイがに英「The Sunday Times」に寄稿した、自身の愛車であるトヨタ MIRAI(初代)のレビューを紹介します。

MIRAI

今回は、私がこれまで所有してきた中で最も素晴らしい車について書いてみようと思う。

それは楽しい車ではない。最高出力はわずか154PSであり、基本的には何の変哲もない無難なトヨタ製セダンだ。ただし遮音性が高く風切り音やロードノイズはほとんどせず、乗り心地も良くてしっかりと作り込まれている。デザインに関しては賛否両論あるが、個人的には特にフロントが好きだ。モダンで挑戦的なデザインだ。キュビズムのように、新時代を告げるデザインだと思う。

正直に白状すると、私も年をとった。今でも背中越しにイタリア製V8エンジンの振動を感じれば胸は高鳴るのだが、それはたまに体験するからこそのものだ。普段使いなら、乗り心地が良く、ついつい口をつく「よっこいしょ」がはっきり聞こえるくらい静かな車のほうがいい。

学問的な観点でも、水素燃料電池車であるトヨタ MIRAIは非常に興味深い車だ。燃料電池に詳しい読者は次の5段落は読み飛ばしてもらって構わない。そうでない読者は、ランドローバーの取扱説明書の謳い文句を借りるなら"この説明を読んで、本物の自動車ライフを楽しんでほしい"。

MIRAIはタイヤを動かすのがモーターであるという点では電気自動車である。しかし、MIRAIには巨大な充電式バッテリーの代わりに燃料電池が搭載される。燃料電池とは、いわば車載型の発電所だ。燃料電池は水素(普通の車のようにタンクに補充する)と酸素(普通のエンジンのように空気中から取り出す)を、ここで詳しくは説明しないが、複雑怪奇なメカニズムで結合させる。その結果として電気が生まれる。

そんなことはどうでもいいと考える読者もいるだろう。バッテリーのほうがシンプルだし馴染み深い。そんな人のために説明すると、MIRAIの場合、普通の車と同じようにノズルから液体燃料を補充することができる。唯一ガソリンと違うのは、水素が700barという高圧で貯蔵されているという点だ。この圧力を危険視する人もいるが、燃料補給時にはノズルと車体が密着し、安全が確認されてから充填が開始される。ガソリンのように水素がズボンに飛び散る心配はない。

燃料補充は数分で完了し、そのまますぐに走り出すことができる。この車の燃料が、宇宙に最もありふれており、それでいて内気な元素であることを考慮すれば、その感動もひとしおだ。水素は目立つのが嫌いで、基本的には他の元素と結合し、水や化石燃料などといった姿で存在している。けれど、それを水素分子として取り出してMIRAIに入れてやれば、魔法のように車が動き出す。しかも排出されるのは水だけだ。

ただし、燃料電池車には問題がある。私は20年ほど前、オペル・ザフィーラの燃料電池車に初めて乗った。それ以来、ゼネラルモーターズ、ホンダ、ヒョンデなどの燃料電池車に乗ったことがあるし、そして今はトヨタの燃料電池車を所有している。どれも何の問題もなく走ることができる車ではあるのだが、イギリスで量販されている燃料電池車は、今に至ってもわずか2車種、トヨタ MIRAIとヒョンデ・ネッソだけだ。

水素で走る車はあまりに少なく(MIRAIの総販売台数は200台にも満たない)、同じ車に乗っているというだけで親友になるほど狭いコミュニティで生きていくことになる。ここで親愛なるブライアン、テオ、ジョージに伝えたいことがある。これを執筆している時点の話だが、ビーコンズフィールドの水素ステーションはまた故障している。

一方でバッテリー式電気自動車 (BEV) は急増している。透明性確保のために言っておくが、私もBEVを所有している。BEVの急成長はまったく驚きではない。BEV派はあらゆる統計データを駆使し、異端審問レベルで自らの正当性を声高に主張する。彼らの主張を以下にまとめてみよう。

BEVは既存のインフラである電力網を使用する。自動車の走行はほとんどの場面では短距離であり、航続距離に不安を抱く必要はないし、夜間に自宅で充電しておくこともできる。発電所から車載バッテリーまでの変換効率は70~80%と高い。今ではガソリンスタンドよりも多くの充電スポットがある。まともな自動車メーカーはどこもBEVを開発している。バッテリーの構造は非常にシンプルだ。現代では充電という行為が日常となっている。

こういった主張を考慮すると、燃料電池車は見劣りする。水素は値段が高く(12ポンド/kg)、MIRAIの理論上航続距離の483kmを走るためには60ポンドかかる。効率面に目を向けると、水素を抽出、圧縮する過程で多くのエネルギーを必要とするため、変換効率は35~40%に留まる。燃料電池の製造には緻密さが求められ、コストがかかる。その結果、燃料電池車は非常に高価だ。イーロン・マスクは燃料電池 (Fuel Cell) のことをバカ電池 (Fool Cell) と揶揄している。もっとも、BEV屋である彼の言葉をここに書くのは公平性に欠けるかもしれないが。

これまでの話を総合すると、MIRAIの利点は燃料補給が早いことだけのように思える。しかも、イギリスでは水素ステーションを見つけるだけで一大事だ。イギリス全土に水素ステーションは12箇所しかなく、その半分は南東部に集中している。ロザラムとアバディーンに新ステーションが開設され、ミッドランドでも間もなく開設予定なので、アクセルを慎重に踏むことができれば、ロンドンからスコットランドまで直接移動することができるようになるだろう。

イギリス南西部には、スウィンドンのステーション以外に水素ステーションは存在しない。そのため、ウィルトシャー南部にある私の極小コテージに行くためにはかなり慎重に運転しなければならない。常に水素残量を気にする必要がある。

燃料電池車に未来はなさそうだ。なにしろ何十年にわたって日の目を見ることはなかった。BBCの自動車番組でホンダ・クラリティという燃料電池車に乗って「バッテリーはいずれ過去のものになる」と語ったことが遠い昔のことのように思い出される。そんな見当外れなことを言った私が解雇されたのも当然だ。

ただまだ結論を出すのは早い。バッテリーには依然として課題が残る。新たな超電導技術や超大容量バッテリーを可能とする魔法のような技術の開発は着実に進んでいるらしいのだが、多くの専門家の意見では、バッテリー技術の進歩はそれほど急激には進まないらしい。現状、バッテリーは大きく重く、航空機や大型船舶への採用は困難だ。テスラのスーパーチャージャーを使っても、充電には時間がかかる。バッテリーに使われる素材の採掘は環境への影響も懸念されている。上述のように、自動車での移動の大半は短距離ではあるものの、長距離移動においてはガソリン車のほうが便利なのは疑いようもない事実だ。

BEV派はこのあたりで、水素燃料の多くは化石燃料由来であり、決して環境に優しくないと反論したくなるはずだ。しかし、太陽に照らされた大地や、風が吹きすさぶ土地では、実質無限の再生可能エネルギーによって水を電気分解して水素を作り出すことができる。無限に再生可能エネルギーが手に入る条件においては、変換効率など問題にはならないはずだ。この前提において、水素は貯蔵や輸送が容易な燃料と言える。既存の輸送網を再利用すればガソリンの代わりとなるし、水素のエネルギー密度はバッテリーよりも圧倒的に優れている。

もちろん、同じように再生可能エネルギーをバッテリーに使うこともできるのだが、結局バッテリーはバッテリーだ。皮肉なことだが、フォルクスワーゲンのヴォルフスブルク工場は水素で稼働させることは可能なのだが、充電式電池で稼働させることは不可能らしい。

燃料電池車は行き詰まっている。車の脱炭素化に最適な手段とは言えないかもしれない。現実的にはBEVのほうが優位だろう。けれど、自動車という枠を外れ、あらゆるものを脱炭素化しようとした場合、燃料電池には大きな可能性が見えてくる。燃料電池車は大きなエネルギー構想のごく一部に過ぎない。

ついつい小難しい話になってしまった。いずれ新型MIRAIについてもレビューをお届けしたいと思う。新型モデルは航続距離が伸び、安全装備も進化しているし、室内空間も拡大、サスペンションはより快適になっている。

私がオーナーとなったスワロークリフのパブ、ロイヤルオークの新装開店式典にはMIRAIに乗って出向きたいと考えている。BEVで来店したいと考えている人も心配無用だ。開店までには充電器を設置する予定だ。田舎の店なので、もちろん昔ながらの車も大歓迎だ。