Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アストンマーティン DB12のレビューです。


DB12

私は以前DBXを厳しくも公正に批判したのだが、そのせいでアストンマーティンからレッドカードを出され、それ以降はアストンの試乗車を借りられなくなってしまった。ただ実際のところアストンから直接それを知らされることはなかった。そもそも厳密にはレッドカードではなくシンビンであり、やがてピッチに戻ることを許された。そうしてようやく、私もDB12を運転することができた。

本題に移る前に、私にはデスクが必要だ。デスクなど4本の脚と平らな板があればいいのだがらなんてことはないと思う人もいるだろう。適当にオンラインの事務用品店で組み立て不要のものを買えばいいだけだと考える人もいるかもしれない。

しかし実際は違う。今やデザインだけが求められる時代だ。私が購入したデスクはヘリコプターのブラックホークをモチーフとしており、スピットファイア級のアルミニウムが使われている。ネジの頭が飛び出しているので服を引っ掛けるだろうし、晴れた日には天板に日光が反射して目が溶けてしまうだろう。私が購入したデスクは実用性の欠片もないし、値段も決して安くない。その代わり見た目は非常に良く、それだけですべて許せてしまう。

私はジューサーもコーヒーマシンも、庭用の長靴洗浄機も、トイレブラシ立てすらも同じように選んでいる。価格にも、『Which?』誌のレビューにも興味はない。私が気にするのはデザインだけだ。

これがDB12の話に繋がる。なんということだ。とんでもなく見た目が良い。実のところDB11と比べると大した変化はない。見えないスポイラーを備えたリア部分はほとんど同一だ。けれど、そんなことはまったく問題ではない。

25年ほど前、自動車デザインの巨匠であるイアン・カラムとピーター・ホーベリーと3人で対談したことがある。イアンはフォード・エスコート コスワースからアストンマーティン・ヴァンキッシュに至るまで、数多の車を手掛けてきた。ピーターはボルボブランドの刷新の立役者として知られるが、残念ながら既に亡くなっている。

その対談で私は2人に紙とペンを渡し、10分で完璧なスポーツクーペを描くように頼んだ。そこで2人が描いた車は、どちらもこの記事の主題である車に非常に似ていた。これこそが自動車のあるべき姿だ。長いボンネット。大きく膨らんだ尻。猫のようなリアエンド。ホイールアーチにかろうじて収まるタイヤ。

このデザイン言語の起源は1960年代まで遡る。ジャガー Eタイプやフェラーリ GTOが代表例として知られる。しかし、アストンマーティンは細部にまで気を配り、美しさをさらに一歩先へと進めた。ドアハンドルも、テールランプも、グリルも、フェンダーも、すべてが洗練されている。

rear

かつてそんなことはありえなかった。ジョルジェット・ジウジアーロという優秀なデザイナーが手掛けたロータス・エスプリにはモーリス・マリーナと共通のドアハンドルとシトロエンと同じドアミラーが取り付けられてしまった。当時、細部までこだわるような人はいなかった。しかし、今の車は違う。だからこそ、アストンのドアミラーはバレエを踊るかのように開閉する。

DB11の内装はそれほど優れてはいなかった。正直に言うと全体的に無機質だった。ステアリングが四角形なのは馬鹿げているとしか思えない。しかし、DB12では内装も本物のデザイナーが手掛けたため、細部に至るまで魔法がかかっている。もはや完璧でない部分は存在しない。

私のように、他のすべてを差し置いて見た目だけを重視するような人間にとっては、DB12こそまさにぴったりの車だ。しかし、私と違うタイプの人間にとっては、問題となる点がいくつかある。

小規模メーカーにはよくあることなのだが、エルゴノミクスに配慮した設計を実現するのは難しい。メルセデスのような大規模メーカーなら、プロトタイプを延々とテストし、市販前に問題点を修正するための人員、予算、時間の余裕がある。イネオス・グレナディアという車に数多くの欠点があるのもこのせいだ。イネオスは小規模な自動車メーカーだ。

それはアストンマーティンも同じだ。しかも、ステランティスという後ろ盾を持つマセラティや、フォルクスワーゲンという後ろ盾を持つベントレーとは異なり、アストンマーティンのオーナーはズボンの販売で富を築いた人物だ。そういった背景ゆえに、タッチパネルを操作しようとして誤ってシートヒーターを作動させてしまうことが多いことにテストドライバーが気付いても、それを修正するような時間的余裕も資金的余裕もない。

問題は他にもある。音声認識は誤作動しやすく、運転しながら同乗者と話していると、突然音声認識システムが起動してしまう。スマートフォンをBluetoothに接続するのにもかなり時間がかかる。

しかし、どれも些細な問題だ。私のデスクのネジのようなものだ。私のジューサーのガタついたスイッチのようなものだ。デザインにはほぼ確実に欠点がつきまとうものだ。

それ以外にこれといった欠点はない。V8エンジン(V12は廃止された)はメルセデスAMG製なのだが、それがどうしたというのだろうか。バング&オルフセンのオーディオシステムは実質的には高級に飾り立てただけのフィリップスなのだが、そんなことは誰も気にしない。

interior

アストンマーティンはメルセデスのエンジンに少し手を加えている。カムシャフトを改良し、ターボチャージャーを大型化したことで最高出力は680PSとなっている。ファイナルギアがショート化されたことで加速性能は驚異的だ。

シャシが変わっていなかったら加速性能の向上に車体が耐えられなかったかもしれないが、アストンは外見だけでなく中身にも手を加えており、結果的にフェラーリ・ローマの鋭敏さとベントレー・コンチネンタルのしなやかさの中庸という上手い位置に滑り込んだ。この車の運転はかなり楽しい。

特にエンジン音は格別で、どういう音なのか是非とも伝えたいのだが、文章で表現するのは難しい。荒々しさの中に滑らかさがあるという、矛盾した音を奏でる。「クリーミーな砂利」という表現をしても伝わらないだろう。歌手で例えるならジョー・コッカーだろうか。

私がアストンマーティンからまたレッドカードを出されないように甘く評価していると勘違いする読者もいるかもしれない。なので誤解させないためにも、最後に価格について指摘しておく。この車は途方もなく高価だ。

価格は18万5000ポンドからとされているのだが、オプションをいくつか付けただけで簡単に25万ポンドを超えてしまう。ドロップヘッド仕様のヴォランテはさらに高価だ。

けれど私はついさっき、目を焼き服を引き裂くような机を買うために3000ポンドも支払った。そんな私にとっては、DB12こそが理想の車と言えるだろう。


The Clarkson review: Aston Martin DB12 — my kinda car