Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、マクラーレン 750Sスパイダーのレビューです。


750S

夜中に不届き者が出没した。鍵をかけていたゲートを破壊し、私の畑に侵入して山のような家庭ごみを不法投棄していった。ホイールキャップや古いトランポリン、大量のゴミ袋、アダルトDVDなどが廃棄されていた。非常に不愉快だ。もしそいつがごみを道端に捨てていたら役場が責任逃れの言い訳を考えるのに躍起になるのだろうが、私の土地に捨てたがために、責任が私になすりつけられてしまう。

最初はごみを自分の土地の外に移動させてしまおうかとも思ったのだが、残念ながらそれをすると、法律上は私が不法投棄をしたということになってしまう。なので250ポンドも払ってごみ処理用のコンテナを借り、午前丸々費やしてテレハンドラーでごみの片付けをした。

そのとき妙なことが起こった。50代後半と思しき夫婦がシュコダに乗って現れ、巨大な望遠レンズ越しにこちらのことを撮ってきた。そこに居合わせた『クラークソン、農家になる』の制作スタッフが夫婦のところに行き、何をしているのか尋ねたところ、謝りもせずに逃げられてしまった。私も後を追ってみたのだが、今度は夫が私に罵声を浴びせ、その間も妻は写真を撮り続けた。

すべてが不可解だった。2人は週末の園芸品店にいそうな隠居中の夫婦のような風貌だった。そんな2人がどうしてあれほど攻撃的に他人の写真を撮影していたのだろうか。ひょっとしたら彼らは不法投棄をした張本人で、被害者が苦痛を被っている姿を確認したかったのかもしれない。それか良い場所を探している青姦愛好者だったのかもしれない。

そう思っていたのだが、2日後に事実が明らかとなった。その写真がデイリー・メールのネット記事に掲載されたのだ。彼らはパパラッチだったのだ。しかし妙な話だ。大物芸能人が若手女優と一緒に高級ホテルから出てきたとしたら、その写真が撮られるのも納得できる。しかし寒い中、私が他人の散らかしたゴミを片付けている様子を撮って何になるのだろうか。

彼らは写真の報酬としてちょっとした小遣い稼ぎができたのだろうが、そんな彼らに小さな不幸が降りかかることを願っている。

その翌日もまた写真を撮られた。ただ、この日はそこまで意外ではなかった。ノッティング・ヒルのレストランの外にマクラーレン 750Sを停めていたところを撮られ、数時間後にはデイリー・メールが「ジェレミー・クラークソンの愛車、26万ポンドの紫色のスーパーカー」と報じた。正確にはボディカラーは青だし、価格は308,000ポンドもするのだが。

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翌日にはこのネット記事を引用した記事がデイリー・ミラーに掲載された。その記事には、他の私の愛車として、フェラーリ F355、ランボルギーニ・ガヤルド、アストンマーティン・ヴィラージュが書かれていた。

それは嘘だ。今の私は、どんなスーパーカーよりも愛車の古いレンジローバーのほうが好きだ。スーパーカーは乗り降りが大変だし、犬を乗せることができないし、パワーがありすぎる。もちろん、オーバーステアが生じたときの楽しさは知っているのだが、私ももう歳だし、オーバーステアに対応できるほどの反射神経を維持できている自信はない。

誤解しないでほしいのだが、私はジョー・バイデンとは違う。エジプトとメキシコの違いは理解しているし、ミッテラン大統領がドイツの首相でないことも知っている。ただ、750馬力の車でうっかり踏み込みすぎたとき、適切に対応するためにはそれなりの腕が必要だ。

私は今でもスーパーカーが好きだし、スーパーカーがなくなるのは悲しい。社会主義によってスーパーカーの爆音が消滅し、白物家電と同種のモーターで動くようになるなんて嫌だ。実際、750SはV8エンジンを搭載する最後のマクラーレンだ。

では、750Sはどんな車なのだろうか。最も気になるのは、先代に当たる720Sよりも遅いという点だ。ただし、以前に試乗した720Sよりは速い。なにせ故障してレッカーで運ばれていったのだから。それでも、最高速度が341km/hから332km/hまで落ちているのは事実だ。

その理由を説明しよう。最終減速比がショートになり、ダウンフォースも向上している。その結果、加速性能とコーナリング性能が向上している。ブレーキにも手が入り、以前のような違和感はなくなった。多くの部分に手が入っており、全コンポーネントの実に3分の1が刷新されているそうだ。

改良において最も重点が置かれたのは、日常使用における使いやすさだ。この点については大成功としか言いようがない。ノッティング・ヒルで駐車するのに困ることはないし、雨の日に駅まで酔ったリサを迎えに行くのにも使える。ただし、リサは外側のドアハンドルを見つけることができず、私は内側のドアハンドルを見つけることができなかった。それゆえ、リサは750Sのことがそれほど好きにならなかった。

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快適性が高く、特にコンフォートモードでの乗り心地は非常に良い。ただし、燃料タンクの残量が少なくなると少し跳ねるようになる。操作系もシンプルで使いやすい。ステアリングの位置調整をするとメーターも一緒に動くため、メーターが非常に見やすい。ナビのグラフィックも見やすいし、暖房の効きは素晴らしい。ルーフを下ろすこともできる。借りたのは2月だったので関係ないのだが。

750Sはゴルフと同じくらい気軽に運転することができる。アクセルを踏み込むまでは。旧型モデルほど速く走ることはできないのだが、それでも0-100km/h加速は2.8秒と圧倒的だ。200km/hまでの加速はなんと7.3秒だ。それに、加速する際の音は腹に響くほどけたたましい。

ただしそれほど良い音ではない。V10の咆哮とも、V12の雄叫びとも違う。普通のV8エンジンの轟音とも違う。ただの雑音だ。細部まで作り込まれた外装からは想像できない音だ。精緻なスイス製腕時計から爆発音がするようなものだ。

けれど、そんなことは気にならない。この加速を経験すると、自分が63歳であることを自覚する。M40でポルシェ 911ターボが横に並んでも、決して張り合う気にはなれなかった。少しは…いや、実は結構張り合いたい気持ちもあったのだが、年相応の自制心が働いた。

張り合うといえば、フェラーリやランボルギーニの競合車と比較するとどうだろうか。その答えは難しい。3台とも得られるものはほとんど変わらない。フェラーリのほうがより官能的で、ランボルギーニのほうがより狂気的なのかもしれない。ただ結局は、シャルル・ルクレールか、ランド・ノリスか、『宇宙空母ギャラクティカ』のサイロンのうち誰が好きかでしかない。


The Clarkson review: McLaren 750S — ‘0 to 62mph in 2.8 seconds and I still couldn’t outrun Mail Online’