Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・ゴルフGTIのレビューです。


Golf GTI

私にはやりたくないと思う仕事がたくさんある。ロンドンの下水道からファットバーグを除去する仕事もそうだし、ケアンゴームズでの山岳救助も、プロゴルファーもやりたくない。けれど、最もやりたくない仕事はフォルクスワーゲンの経営だ。考えうる最悪の方向にしか進まない。経営を改善する手段はまったく存在しないように思える。

事の発端は、政治家たちが「中産階級が電気自動車を使わない限り、気候変動を食い止めることはできない」と決めつけたことにある。そのために、2030年までにガソリン車やディーゼル車の販売を禁止すると発表された。そして、アーリーアダプターたちには政府から多額の補助金がばら撒かれた。

当然、フォルクスワーゲンはこの流れに乗るべく、全財産を投じて電気自動車に投資した。そして、アーリーアダプターたちが電気自動車の不便さに気付く頃になってようやく、フォルクスワーゲンの電気自動車が続々と登場した。さらに困ったことに、アーリーアダプターたちにばら撒かれた補助金を、地域の勤勉な家庭に分配したほうがよかったということに政府も気付いてしまった。

その結果、フォルクスワーゲンは補助金の助けなしに高額な電気自動車を売らなければならなくなってしまった。もはやそんな車など誰も欲しがらない。しかも、他にも問題が出てきた。中国だ。

諸般の事情により、中国ではヨーロッパよりも圧倒的に安価に電気自動車を製造することができる。BYD(Build Your Dreamsとかいう不愉快な語の略だ)なんかよりフォルクスワーゲンの車を買うに決まっていると思っている読者も多いだろう。しかしどうだろうか。電気自動車を購入する人は、(昔ながらの)車には興味がないはずだ。そういう人が求めるのは、価格が安くて航続距離が長い電気自動車だろう。BYDはその条件を満たしている。

フォルクスワーゲンの経営者はこの問題の解決策を見出さなければならない。もはや誰も求めていない技術を搭載した、あまりにも高価な車を開発するために、フォルクスワーゲンは資金を使い切ってしまった。人々が求めているのはハイブリッドカーであって、電気自動車ではない。圧倒的に低価格な電気自動車は例外だが。

現在、ドイツ政府は中国製の電気自動車に高い関税をかけることを考慮しているのだが、フォルクスワーゲンは中国の報復を恐れてこれに反対している。報復があれば、フォルクスワーゲンの主力市場である中国で車が作れなくなってしまうかもしれない。

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唯一の解決策は節制だ。フォルクスワーゲンの歴史上で初の、大規模な工場閉鎖および人員削減が必要になる可能性が報じられている。ところが、ドイツには労働者の権利を守る強大な法律があるため、これを実施するのは不可能だ。

正直、フォルクスワーゲンはもう存続不能だと思っている。フォルクスワーゲンに限らず、歴史ある欧米の自動車メーカーの未来は絶望的だ。フォードやゼネラルモーターズもそうだし、それに、フィアット、プジョー、クライスラーが純粋な電気自動車ではなくハイブリッドカーに注力したのは賢明だったとは思うものの、それはそれとしてステランティスも絶望的だ。

中国の経済力や目まぐるしく変貌する政治、それにテレワークの広がりによって、フェラーリのようなブランド力のある高級ブランドを除いて、全ての欧州メーカーが消滅するだろう。

フォルクスワーゲンに非があるとは思っていない。電気自動車に注力するという選択は、当時は賢明に思われた。結局、今となっては後の祭りであり、ただ悲しむほかない。特に先週は、フォルクスワーゲンがいかに素晴らしいメーカーであったかを思い知らされた。フォルクスワーゲンはつい最近まで、気まぐれで狂気じみた政治家のためではなく、実際の市民のために車を作っていた。

私が試乗したのは最新型のフォルクスワーゲン・ゴルフGTIだ。この車が誕生したのは1976年のことで、当時のフォルクスワーゲンは、政治家が要求したからではなく、世間が求めていたからこそ、ゴルフGTIを生み出した。薄汚れたモノクロの1970年代から、楽しさに満ちた色鮮やかな1980年代に移っていく時代を象徴する車だ。

私は40年間にわたって、ホットハッチこそが歴史上で最も優れた車であると論じてきた。2シーターのオープンカーのほうが楽しいし、ランボルギーニ・アヴェンタドールのほうが官能的なのは事実だが、総合的に見ればホットハッチに勝る車は存在しない。ホットハッチは低価格ながらに速い。利便性も高く、子供を学校に送迎するためにも使えるし、ホームセンターで買った椅子を運ぶこともできる。これだけ実用性と楽しさを兼ね備えた車は他にない。

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最高のホットハッチは何か、何時間でも語れる。ランチア・デルタ インテグラーレも候補だし、フォード・エスコート コスワースも有力だ。フラムの不動産屋に愛されたプジョー 205も忘れてはならない。しかしやはり、私にとってホットハッチの王様といえば、フォルクスワーゲン・ゴルフGTIをおいて他にない。

そんなゴルフGTIの新型の話をしよう。といっても完全な新型ではない。電気自動車で金を使い切ってしまったフォルクスワーゲンにそんな開発費は賄えない。けれど、私にとっては改良型を作ってくれるだけで十分だ。

これまでのゴルフGTIは、一見すると普通のゴルフとの違いがそれほどなかった。しかし新型は違う。見た目はレーシーだし、エンジンを始動させるとはっきりと違いが分かる。搭載されるのはわずか2.0Lのターボエンジンなのだが、白熱したドラムソロのようなけたたましい音を響かせる。

従来のゴルフ9 GTIの乗り心地は普段使いには厳しいという批判もあった。この新型モデルもその点では変わらない。ただ、私の住んでいる場所では最高の走りを見せた。この車の運転はとても楽しい。

試乗車には700ポンドの電子制御サスペンションが装備されていたのだが、これまでの経験から考えると、このシステムに関係なく新型ゴルフGTIの走りは優秀だと思う。標準車もきっと素晴らしいはずだ。

今回試乗した車には、前述の電子制御サスペンションのほか、サンルーフや19インチホイールが装備されており、価格は43,830ポンドだ。まあまあといったところだろう。しかし、素のモデルは39,400ポンドだ。250km/hで走れる5人乗りのホットハッチでこの値段はかなりお買い得だと思う。

しかも、ゴルフGTIなら90秒で燃料を満タンにすることができる。Build Your Dreamsなんてあえて言わずとも、フォルクスワーゲンはこれまで何年も夢を作ってきた。けれど、それも果たしていつまで続くのだろうか。


The Clarkson review: Volkswagen Golf GTI — still king of the hot hatchbacks