Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
先日、ヒョンデの社員に会った際に「あなたはきっと当社の新型電気自動車を気に入るはずだ」としつこく言ってきた。「電気自動車はどれも退屈だから気に入るはずなどない」と反論したのだが、彼は「この車は例外だ」と主張した。それでも私が否定すると、彼は車を貸すから試してほしいと言ってきた。しかし、そんなことをしても時間の無駄だろうと私は拒絶した。
結局、それから数週間後、約束通り私のもとにアイオニック5 Nがやってきた。そして私も約束通り、その車を運転するつもりはなかった。
しかし、庭のオブジェと化したその車の見栄えは非常に良いと認めざるを得なかった。腹立たしいことに、テスラは例外だが、電気自動車のデザインは往々にして真っ当なガソリン車よりも魅力的だ。特にポールスターはそうだ。それに、フォルクスワーゲンの電気自動車は『スペース1999』に出てきそうな見た目だ。ひょっとしたら、優秀な若手デザイナーはEVを設計し、現実的に需要があるガソリン車は年老いた恐竜が設計しているのかもしれない。
アイオニック5はまるで、ランボルギーニのデザイナーが設計したフォルクスワーゲン・ゴルフのようだ。非常に魅力的な見た目だ。ただし、車重は2トンを超える。これはホットハッチとしては到底許容できない重さだ。
ともかく、どういう心境の変化があったのかは覚えていないが、ある日私はアイオニック5を運転した。最初の印象は他の電気自動車と変わらず退屈なものだった。やかましいロードノイズも、意味不明なメーター表示も、他のEVと変わらない。その後、この車の最高出力がどれくらいか知らずにアクセルを踏み込んだところ、なんと、とんでもなく速かった。フェラーリどころではない速さだった。
車重はロバート・マクスウェルより重いにもかかわらず、ワサビ浣腸されたウサイン・ボルトのように加速していく。言うまでもなく、加速性能を誇っている電気自動車は数多くあるのだが、ほとんどは一瞬しか加速を続けられない。アイオニックの場合、加速は留まるところを知らない。

その理由はモーターを2基搭載しているところにある。フロントのモーターは最高出力226PSを発揮し、リアモーターは383PSを発揮する。合計すると609PSとなり、さらに10秒間だけ650PSを発揮することができる。全開加速をすれば、骨から肉が剥がれていくかのような感覚を体験できる。
アイオニックは四輪駆動で、タイヤは私よりも太いため、コーナーも何事もなく抜けていき、次の曲線では再び私の顔の皮が剥げていく。思わず笑みがこぼれてしまう。それだけでなく、この車は退屈にすることも狂気的にすることもできる。環境やドライバーの好みに応じて、あらゆるセッティングが用意されている。
ニュルブルクリンクを走るためのモードすら存在する。このモードでは意外にもパワーが抑制されている。というのも、全開でニュルブルクリンクを走り続けるとリチウムが溶けてしまうらしい。他にはドリフトモードというものもある。これを使うと前後駆動力配分が調整されて煙を巻き起こし、周囲の人から変人扱いされることになる。
NGBと書かれたボタン(後で知ったのだが、N Grin Boostの略らしい)があるのだが、これを押しても何も起こらない…と思ったら、メーターパネルの右上に小さな文字でカウントダウンが始まった。それに気付いた私は恐ろしくなった。このカウントダウンが終了したら何が起こるのだろうか。爆発するのだろうか。地球から飛び立ってしまうのだろうか。しかし何も起こらなかった。なので、少しほっとしたし、同時にがっかりした。
今度は別のボタンを押してみると、突然車内にエンジン音が響き渡った。パドルを操作するとギアチェンジしたときのような衝撃が来るようになった。いずれも作り物だ。電気自動車にギアなど存在しない。音も人工的に作られたものだ。楽しい機能だとは思うのだが、すぐにオフにした。そして再びロードノイズが響き渡った。

トップ・ギアやグランド・ツアーでは、つい数年前まで、フォード・フォーカスRSのグリップ性能の高さや、日産 GT-Rの軽量化に対する努力を称賛していた。それぞれの自動車メーカーが技術を尽くして速さを追求していた。ハネジネズミ(詳しくはYouTubeを参照してほしい)のようにコーナリングをするため、デュアルクラッチトランスミッションや電子制御ディファレンシャルが開発された。
ところが、そんな流れは終わり、車は遅くなりはじめた。今の車は1975年当時よりも遅く、大量の警報装置が付いているせいで、重度の聴覚障碍者しか運転を楽しめなくなってしまった。
だからこそ、このヒョンデには新鮮さを感じる。楽しさを追求して設計されているという実感が得られる。強大なパワーに耐えられるよう、しっかりとボディが強化されている。ヒョンデがこの車を貸してくれたことを嬉しく思うし、この車を運転できて良かったと思う。
けれど、偽のギアや偽のエンジン音、それに電子制御によるドリフトは、どれも電気自動車であることを隠すために存在するのは偽りようのない事実だ。もちろん、こういった紛い物でも楽しめる人はいるだろうし、細かい設定を変更できることに価値を感じる人もいるだろう。それでも、この車には重大な欠点が存在する。
巨大な最小回転半径とお粗末なヒルホールド機能のせいで、とてつもなく駐車がしづらい。それに、価格はなんと65,000ポンドもする。
Jeremy Clarkson has found his favourite EV: the Hyundai Ioniq 5 N
auto2014
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