今回は、2023年6月にローワン・アトキンソンが英国『The Guardian』に寄稿した、電動化に対する疑念についてのコラム記事を日本語で紹介します。


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私は電気自動車について詳しく知っていなければならない立場といえる。意外かもしれないが、私の学士学位は電気電子工学で、修士学位は制御工学だった。加えて私には車好きという側面もあるので、アーリーアダプターとして電気自動車を購入した理由も理解いただけるはずだ。

私は18年前に初めてハイブリッドカーを購入し、9年前に純電気自動車を購入した。その頃は充電インフラも不十分だったのだが、いずれも気に入って乗っていた。電気自動車は官能性に乏しいと感じる部分もあるのだが、その代わり、速くて静かで、(つい最近までは)ランニングコストも安かった。しかし最近、電気自動車に対して疑念を抱くようになってきた。詳しく掘り下げてみると、電気自動車は環境問題に対する絶対的な正解とは思えなくなってきた。

ご存知の通り、イギリス政府は2030年からガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止する方針を発表している。この政策の問題点は、自動車のたったひとつの側面、すなわち排気ガスだけを考慮して決定されたことにある。言うまでもなく、電気自動車は排気ガスを出さない。これは特に都心部の環境を改善するという意味では歓迎すべきことだろう。

しかし、少し視野を広げ、自動車の製造過程まで考慮してみると状況は一変する。ボルボはCOP26に先立ち、電気自動車の製造時に排出される温室効果ガスがガソリン車のそれよりも約70%多いということを明らかにした。現代のほとんどの電気自動車に搭載されているリチウムイオン電池に問題がある。リチウムイオン電池は非常に重く、製造するためには多大なエネルギーが必要となるうえに、寿命はわずか10年程度しかない。そういった背景を考慮すると、環境問題に対処するためにリチウムイオン電池を選択するのは間違っているように思えてしまう。

言うまでもなく、より良い方策を探究する試みもある。現在開発されている全固体電池は充電速度が向上し、重量も現行のバッテリーの3分の1程度となる。しかし実用化されるまでにはまだ時間がかかるし、それが登場するまでに大量の重たい電気自動車が製造され、大量のバッテリーが廃棄されることになる。代替燃料として水素という選択肢もある。水素を環境に優しい方法で製造する技術はまだ十分に確立していないものの、水素には2種類の利用方法がある。水素を燃料とする燃料電池(バッテリーの一種)はリチウムイオン電池のおよそ半分の重さで、ガソリンと同じくらい短時間で燃料補給をすることができる。特にトヨタは燃料電池技術に多額の投資を行っている。

ただし、長距離輸送用の大型トラックに燃料電池を採用すると、その重さが問題となってくる可能性がある。その問題の解決策として、新しいレシプロエンジンの燃料として直接水素を用いる方法がある。建設機械メーカーのJCBは数年後の量産化を視野に入れて水素エンジンの開発を急ピッチで進めている。もしトラックの新たな動力源として水素が選ばれれば、水素スタンドの普及も進み、結果的に普通車にも水素が普及するかもしれない。

もう少し視野を広げ、自動車のライフサイクル全体を俯瞰してみることにしよう。社会と車の関係において、我々が取り組むべき最大の問題は、車のファストファッション化なのではないだろうか。現在、新車の平均保有期間はわずか3年であり、その後売却されている。これは世界の天然資源をかなり浪費しているということにほかならない。私が子供の頃の車は、新車から5年も経てば錆だらけのスクラップになりかけていた。ところが今では、愛情を持って維持すれば30年は使えるような車が15,000ポンドで購入できる。新車オーナーが保有期間を3年から5年に伸ばすだけでも、車の製造によって排出される二酸化炭素が大幅に減るはずだ。

現在、世界中には15億台近くの自動車が存在する。それらが重要な資産であることを認識する必要がある。自動車の台数を減らしたり、自動車への依存度を減らすという方向も決して間違ってはいないのだが、今ある自動車を維持しつつ、その環境への影響を抑える方法を探るという手法も間違いではないはずだ。自動車を持ち続け、かつ利用を控えることも当然ながら可能なはずだ。ある環境保護活動家は、どうしても車を使いたいなら、中古車を買ってどうしても必要なときだけ使うべきであると語っていた。

合成燃料の開発を進めるのも良いだろう。合成燃料は既にモータースポーツの世界では実用化されている。2026年以降はF1でも合成燃料が使われるようになる。ポルシェはチリにおいて、水と二酸化炭素を主原料とし、製造時に風力発電を利用する合成燃料の開発を行っている。この開発が進めば、実質的にカーボンニュートラルな合成燃料が既存のガソリンエンジン車でも利用できるようになる。

電気自動車一辺倒な時代が終わりかけているように感じるのだが、それは決して悪いことではない。本気で環境問題に取り組みたいのであれば、さまざまな可能性を検討する必要があるはずだ。我々は水素や合成燃料の研究も続け、多くの可能性を残す中古車の廃棄を減らすと同時に、顧客に短期間で新車を乗り換えさせるというビジネスモデルも見直すべきである。

車好きの私は、環境意識の高い友人からよく、電気自動車を購入するべきかどうか質問される。もしその人が古いディーゼル車に乗っていて、頻繁に都心部を運転するなら買い替えるべきだと答える。それ以外の場合、今のところ答えは保留にしている。いずれ電動車が本当に環境に優しい車になる時代は来るだろう。けれどまだそんな時代は到来していない。