Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ポルシェ 911ダカールのレビューです。


911 Dakar

ポルシェは4WDの911 GTSにアンダーフロアプロテクターや強化サスペンションを取り付け、「ダカール」という名前を付けた。ダカールはセネガル沿岸の都市であり、かつて、パリからダカールまでのレースが開催されていたことでも知られている。

多くの人がこの新型車に注目した。ほんのわずかでもテストステロンが出ている人間であれば、装甲で強化されたポルシェ 911でサハラを駆け抜けたいと思うのは当然だ。砂煙を上げながら飛び跳ねつつ砂漠を駆け、タイヤを滑らせながらワジをひた走り、水平対向6気筒エンジン特有の音で真夏の静寂を打ち砕きたいと思うはずだ。そして日が暮れたら焚き火をおこして潰れるまで冷たいビールを飲む。最高じゃないか。

しかし、現実はそう上手くいかない。ダカール・ラリーで通過する国の多くはビールを飲むことが許されておらず、たとえビールが飲めたとしても、ビールを冷やす手段がない。木がないので焚き火などできないし、ワジには地雷が埋まっているのでドリフトすることもできない。

私は昨年、強化装甲を装備したジャガー F-TYPEでサハラ砂漠を走ったばかりなので分かるのだが、砂漠で飛び跳ねるのは決して楽しくない。飛び立つのは気持ち良いかもしれないが、そのまますぐに着地しなければならない。その衝撃で背骨が頭を突き破ってしまう。

ポルシェは1984年に953でパリ・ダカールラリーを制しており、ノウハウはあるはずなので、着地の衝撃も考慮して911ダカールを設計しているのかもしれない。爆発、炎上、そして身体的ダメージこそが砂漠を走るということの本質だとポルシェは理解しているはずだ。いずれにしてもポルシェは911ダカールを発売した。価格は17万3000ポンドだ。オプションをいくつか付けると20万ポンドを超えてしまう。

911ダカールを購入するような人は広大な土地を保有していて、週末に私有地で走り回るのだろう。私も多少は土地を持っている。しかし結局、911ダカールを借りても自分の土地で走ることはなかった。走らせたいという気持ちもあったのだが、クリスマスからずっと雨が降り続いており、地面はぬかるんでいた。そんな状況で車を走らせたら農地が滅茶苦茶になってしまう。実際に911ダカールを購入する人も、私と同じように考えるはずだ。

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結局、地雷だらけのサハラ砂漠で走らせることも、泥だらけのイギリスの草原で走らせることもできない。では、オフロード仕様の本領をどこで発揮すれば良いのだろうか。モンゴルなら良いかもしれないが、どこかが壊れた場合(おそらく壊れるだろう)代わりの部品を手に入れるのは困難だ。カザフスタンやラップランドの凍った湖、ケント州のラリークロスサーキットなんかも思い浮かぶが、どこも気軽に行って走りを楽しむような場所ではない。

要するに、この車を購入したところで、現実的にはその実力を発揮できる機会など存在しない。ならばこんな車を買う意味がどこにあるのだろうか。

私は気温マイナス40℃以下でしか使い道のないコートを持っている。チッピング・ノートンでは無用の長物だ。けれど、極寒の地でも使えるという事実こそが重要なのだ。私が使っている腕時計は、私が決して行くことのないような場所で使えることが自慢だ。例えば宇宙とか。

それこそ、911ダカールの意義だ。ランボルギーニやモーガンが販売している似たような車もそうだ。結局は、他の普通の車と同じようにしか運転しない。けれどもし万が一、トンブクトゥに行かなければならなくなっても、この車ならやり遂げられるという自信が持てる。

なので、911ダカールが普通の車と同じように運転できるならそれでいい。しかし、これだけの改造が施された車を普通に運転することができるのだろうか。

少なくとも見た目は普通ではない。尋常ではない。内装に関しても、基本は普通の911と同じなのだが、試乗車は後部座席がなくなって、代わりにロールケージが設置されていた。エチオピアの山中で横転してしまったときは役に立つだろう。しかし、友人2人を駅まで送りたいときには大問題だ。

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おそらくこの車の最大の特徴は乗り味にある。バハ半島を爆走しても乗員の背骨が頭まで貫通しないよう、かなりソフトなセッティングとなっている。舗装の悪いイギリスの道路でもこれはありがたい。

では性能はどうだろうか。911ダカールには、最高出力480PSを発揮する、カレラ4 GTSと共通の6気筒ツインターボエンジンが搭載される。トランスミッションも共通で、8速DCTが採用される。それを考慮すればかなり速そうなのだが、実際はそうでもない。911ダカールにはオールテレーンタイヤが装着されており、最高速度はわずか240km/hだ。これより遅い911を探そうとすると、1983年まで遡らないといけない。

それでも加速性能は高い。パブに行く途中にアクセルを踏み込んでみたところ、同乗者(カレブ・クーパー)が放送禁止用語を連発した。それに、不思議なことにコーナリング性能も高い。タイヤの性質を考えれば、氷の上を歩くアヒルくらい滑りそうなものなのだが、そうはならない。しっかり飛ばすことができる。

最高速度(現実的にはそれほど重要ではない)以外、この砂漠ラリー向けのポルシェは基本的にはごく真っ当にできている。ただし、騒音は酷い。ルーフの上に乗っていたほうがまだ静かかもしれない。ロンドンまで運転してうんざりしてしまった。

911はスポーツカーとして合理的な選択肢であり、だからこそ私は911が好きになれなかった。そもそもスポーツカーというものは合理的であるべきではない。意味もなくスペースレーザーを装備したり、排気管から青い炎を出したりするべきだ。スポーツカーはタガが外れた車であるべきだし、だからこそ、私は911ダカールが気に入った。


The Clarkson Review: Porsche 911 Dakar — a bit unhinged, as sports cars should be