Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
昨年、毎年恒例の家族旅行で南フランスを訪ねた際、ジュアン・レ・パンで非常に優れたデザインの車を見かけた。名前は分からなかったが大きめなシトロエンだったので、近いうちに試乗をすることにした。
私は大きなフランス車が大好きだ。変な車が多いのがその理由の一つだ。シトロエン CXはオーディオプレーヤーが縦向きで装備されており、ブレーキにはオンとオフしかない。2ドアミニバンのルノー・アヴァンタイムもあるし、高級バンという無意味なジャンルを開拓したヴェルサティスという車もある。スポーツセダンの中ではプジョー 505 GTiが気に入っている。もしドラマ『ロンドン特捜隊スウィーニー』のフランス版が制作されていたら、ジャック・リーガンはこの車に乗っていたことだろう。
残念ながら、私のような人間は他に存在しない。大きな車を買うとき、私以外全員、アウディかBMWかメルセデスを選ぶ。2023年のイギリスでのDSの月間販売台数はわずか200台であった。そもそも、ローマやケルン、ダブリンでDSを見たことなどあるだろうか。
大きなフランス車を購入するのはフランス人だけだ。フランス人は愛国的であり、フランス製であれば品質がどれほど悪くても気にしない。
我々イギリス人にそんな考え方はない。私の電話は中国製だし、テレビは日本製だし、オーブンはスウェーデン製だし、犬はカナダ製だし、彼女はアイルランド製だ。しかしどうだろうか。車となると話は別だ。私が保有している車は、ベントレー・フライングスパーにレンジローバー、ジャガー F-TYPE、そしてクラシックミニだ。どれもイギリス車だ。
妙な話だ。私は今でもEU残留派だし、グローバル化社会を歓迎している。ところが、自動車(と農作物)に関しては、私の魂が国産品を欲している。
言うまでもなく、ベントレーは実質的にドイツ車で、ジャガーとランドローバーがインド車であるということは理解している。それに、クラシックミニの生みの親は既に歴史書の中の存在となっている。どの車もブレーキはイタリア製で、サスペンションコンポーネントはドイツ製で、コンピュータは台湾製であることも理解している。そして、車を組み立てている労働者は、世界中から集められているということも知っている。
しかし、イギリス車には私を惹きつける何かがある。それが何なのかは分からない。地元産の豚肉を食べると安心するように、国産車に乗るとどこか幸せな気分になれる。
そろそろ冒頭のシトロエンの話に戻ろう。この車はシトロエンが製造するシトロエンの車なのだが、シトロエンではない。高級感を演出するため、DS 9という名前が付いている。シャルル・ド・ゴールやOAS、ステンガンを連想させる、魅力的な名前だ。
オリジナルのDSは3輪でも走行することのできる車だった。畑の中で160km/h出してもワインをこぼすことはなかった。異常で、狂気的で、世界中のデザイナーたちから絶賛された。言うまでもなく、私もDSが大好きだった。
そういうこともあって、私は現代版のDSに乗るのが楽しみだった。シトロエンによると、DS 9はプラグインハイブリッドカーで、EV航続距離は68km(WLTPサイクル)であり、BIK税は8%になるらしい。ハイブリッドカーに興味がない私には、これが意味するところはまるで分からない。
私に分かるのは、通常走行中は二輪駆動で、電気による補助がつくと四輪駆動になるということくらいだ。これはホッキョクグマを救うために採用された面倒なシステムなのだが、今はそれを受け入れなければならない時代だ。
それより興味深いのは、オプションについてだ。この車にはオプションが存在しない。そんな車は前代未聞だ。DS 9には思いつく限りのあらゆる装備が標準で付いている。ナイトビジョン機能も、自動駐車機能も、シートベンチレーションも、515Wオーディオシステムも、サンルーフも、電動テールゲートも、すべてが備わっている。前方のカメラによって道路状況を予測し、サスペンションの設定を適宜変更するというシステムまで付いている。
DS 9はシトロエン(シトロエンではないが)の大型車としてはXM以来の魅力的な車だと思っていたのだが、実際はそうではなかった。公平な目で見れば真っ当な車なのだが、他の車と大差ない、ありふれた車に仕上がっている。しかも、DS 9にはフランス車に求められているふかふかのシートではなく、BMWのようなシートが付いている。私はDSに快適性を求めていたのだが、この車の快適性はごく平凡だ。
インテリアも平凡だ。アナログ時計は魅力的なのだが、それ以外の部分は『2024年版 車の作り方』という本に書かれている内装そのままだ。他に特徴的な点は、あまりにも装備が多いため、一部の操作スイッチがステアリングの裏側に隠れてしまっていることくらいだ。
シトロエンらしい個性は死んでしまった。今やシトロエンは、プジョー、フィアット、クライスラー、マセラティ、ダッジ、アルファ ロメオ、ランチア、ジープ、オペル、ヴォクスホールを擁する巨大企業の一部でしかない。そんな大企業にフランス的美学が入り込む余地などない。
むしろ、DS 9という車が存在していること自体が驚きだ。フランス国内であれば多少は売れるかもしれないが、そこに大した個性は存在しない。魅力的な車ではあるのだが、実のところは、魅力的な時計が付いた普通の車でしかない。
もし魅力的な時計が付いた見た目の良い車が欲しいとしても、読者諸兄がこの車を買うことはないだろう。まず、これを読んでいる人はフランス人ではないだろうし、価格は最も安いグレードで5万6000ポンドもする。私が試乗した大量の装備が付いたグレードは7万3000ポンド以上する。
これだけの金額を費やすならBMWを購入したほうがいい。BMWこそ、このクラスの車の最適解だ。もっとも、私ならジャガーを選ぶのだが。
The Clarkson review: DS 9 — ‘French but not idiotic enough’
翻訳ありがとうございました!
楽しく拝読させていただきました。
auto2014
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