Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
アストンマーティン・ヴァンテージは、港湾労働者の酒場のように殺伐とした側面と、E・M・フォースター作品のヒロインのように洗練された側面を併せ持っている。そのため、ヴァンテージが適しているユーザーを見つけるのは難しい。
あらゆる部位にボコボコと装飾が施された、巨大なエンジンを搭載したFRのスーパーカーが当たり前だった時代に逆戻りしたかのようだ。時代錯誤としか言いようがなく、エアバッグや触媒コンバーターがいくら付いていようとも、間抜けにしか見えない。
車内はまるで校長室だ。本棚こそないものの、カーペットは分厚く、木目と本皮がふんだんに使われている。アストンマーティンは現在フォード傘下にあるということもあって、フォード車と共通の部品も多々見られるのだが、それでもなお校長先生の威厳は感じられる。
しかし、この車で最も重要なのはその心臓だ。現在、各社がこぞって「世界最速の車」を作ろうと躍起になっている。イタリアのナルド・サーキットでマーティン・ブランドルがジャガー XJ220を341km/hで走らせてギネス記録を樹立した直後、ブガッティ EB110が同じサーキットで342km/hを記録したと発表された。さらにその後、マクラーレンはF1の最高速度が354km/hであると公言した。
しかし、アストンマーティンは最高速度戦争に参戦する気はなさそうだ。ヴァンテージに搭載されるエンジンが世界最強レベルであることを考えると不思議な話だ。ヴァンテージの5.3L V8ツインスーパーチャージャーエンジンはそこらの大衆車の10倍近い出力を発揮する。

あちこち膨らんだボディは、エコな再利用材料で作られた靴を履く人々が闊歩する都市部では間抜けに見えるかもしれないが、空いた道路で走らせればその本領を発揮する。0-100km/h加速は4秒を切る。
この加速は筆舌に尽くしがたい。アイルトン・セナ以外の人類は、これほどの加速を、音を、経験したことはないはずだ。2,000rpmで窓が割れ、4,000rpmで耳から流血する。6,500rpmまで回せば騒音防止協会から呼び出しがかかることだろう。やろうと思えば、148km/hで2速から3速に変速するとリアタイヤを燃やすことができる。しかし、6速で130km/hを出した場合、エンジンの回転数はわずか1,500rpmだ。
こういった実力があるという前提を理解すれば、このエクステリアにも納得がいく。『ターミネーター』でアーノルド・シュワルツェネッガーがネズミに噛まれて死んでいたら、誰も『ターミネーター2』を見ようとは思わないはずだ。要するに、中身の強靭さがあってこその外見ということだ。
見た目は速そうなのに、牛乳配達車すら追い越せないような車が一番間抜けだ。一方のアストンマーティンにはその見た目に見合った実力がある。
今や、乗っている車こそが、人となりを外から理解するための唯一の手掛かりなのかもしれない。ほとんどの美容師がマツダ MX-5に乗っているのも頷ける。
お腹が出ている人間はアルマーニのスーツなど着ないし、着るべきでもない。そう考えると、アストンマーティンに乗るべき人間とは、馬並みのイチモツと丸太のような腕を持ち、アメーバよりも歴史ある血統を兼ね備えた人物であるべきだろう。それに、買うためには186,000ポンドが必要だ。
残念ながら、そんな人間は誰ひとりとして思い浮かばない。
Jeremy Clarkson’s First Review For The Sunday Times: 1993 Aston Martin Vantage
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