Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ランボルギーニ・カウンタック LPI 800-4のレビューです。


Countach

つい先日、私はランボルギーニ・アヴェンタドール ウルティマエのレビューを書いた。ウルティマエはアヴェンタドール最後にして最狂のモデルらしい。社会的事情によって、アヴェンタドールの後継車は大人しくてつまらないモデルになると言われていた。つまりウルティマエはランボルギーニが打ち上げた最後の花火だったのだろう。過去からの決別だ。正直なことを言うと、巨大で、狂気的で、そして古臭いランボルギーニとの別れは、私の目に涙を溢れさせた。

しかし、そのわずか2週間後、私の家にはアヴェンタドール以上に狂気的で暴力的なランボルギーニがやってきた。そのときの私の喜びぶりは想像に難くないだろう。

まず簡単に数字で説明しよう。価格は200万ポンド。最高出力814PS。最高速度は安全を期して355km/hでリミッターがかかる。ならば、この車は「超・ウルティマエ」とでも名付けたらいいだろうか。否。この車の名前は…(ドラムロール)…カウンタックだ。

ポール・ガンバッチーニはかつて、「もし宇宙人が地球にやってきて、ロック音楽とは何かと問うてきたら、ザ・フーの『無法の世界』を聴かせる」と言っている。私も同感だ。『無法の世界』は決してロック音楽の最高傑作ではないのだが、この曲にあるパワーは、ロックの本質を他のどんな曲よりも体現している。

オリジナルのカウンタックもそんな車だ。どう考えてもスーパーカーの最高傑作などとは言えない。欠点はあまりにも多く、そもそも車内に人間が乗り込むことすらできない。腕と脚の長さがまったく同じ生物(要するに猿)が首を切り落としてようやく快適に乗ることができる。

ステアリングにも問題がある。ステアフィールが悪いわけではない。そもそもステアフィールなど知りようがない。人類史上、カウンタックのステアリングを回せるほどの筋力を持った人間など存在しない。おそらくステアリングはコンクリートで固められている。

rear

バック駐車でも問題が生じる。振り返って後ろを見ることなどできない。カウンタックの視界はスパム缶の内部と同等だ。駐車するためには、ドアを開けてサイドシルに腰掛けて視界を確保し、目一杯脚を伸ばしてピクピクしながらクラッチ(こちらもコンクリートで固められている)の操作を行うしかない。

他にも、窓は1cmくらいしか開かないので料金所ではなすすべがなくなってしまうし、エアコンの効きは喘息持ちの年金受給者の呼吸と同レベルだし、ドアは上向きに開くので横転したら確実に閉じ込められてしまう。

それどころか、特別速いわけでもない。最初に登場したLP400は最高速度300km/hとされていたのだが、実際は270km/h程度しか出せなかった。それに、0-100km/h加速は1990年代のホットハッチと同等の5.6秒だった。しかも、90年代のホットハッチはカウンタックとは違い、壊れることなく何度も乗ることができる。

要するに、カウンタックは車としては最悪だったのだが、スーパーカーとしては完璧だった。なにせ、見た目が最高だった。カウンタックが登場した1974年当時、庶民が乗っていた車といえば、フォード・コーティナやオースチン・アレグロだった。フェラーリすら、これほど独創的な車は作っていなかった。ランボルギーニは夢の車だった。ポスターの題材になるために生まれてきた。

そんなカウンタックが復活した。新型カウンタックの中身は明らかにアヴェンタドールだ。小手先の変更だけでは誤魔化せない部分も多々ある。しかし、前後デザインや細部の変更によって、震えるほど見事なデザインになっていることは間違いない。

デザインを担当したミィティア・ボルケルトは東ドイツ出身で、少年時代にカウンタックを見て育ったわけではない。彼が子供の頃に好きだった車はシトロエン BXらしい。さらに驚くべきことに、彼はロックダウン中、ドイツの自宅からイタリアや韓国、アメリカのデザインチームとSkypeを通してコミュニケーションを図り、デザインを進めたそうだ。そんな手段で上手くいくはずがないのだが、どうやったのか新たな夢の車が誕生した。

interior

残念ながら、カウンタックの製造台数はわずか112台であり、既にすべて売れてしまっている。そんな車がどうして私のところにやってきたのかはよく分からないのだが、どうあれこの幸せを噛みしめることにしよう。

カウンタックが私のところに来たのは日曜日で、その日のうちに田舎道をドライブすることにした。ウルティマエ以上の性能を得るため、カウンタックにはスーパーキャパシタが搭載されている。この電動化が環境性能のための妥協なのかは分からないが、この電気的なアシストのおかげで、ウルティマエより明らかに速くなっている。

カウンタックはとにかく速い。笑えるほどに速い。一度4速にショートシフトしようとしたのだが、パドルを操作してアクセルを踏んだその瞬間、勝手に2速までシフトダウンしてしまい、あやうく下着を汚すところだった。

フェラーリのような洗練や敏捷性はない。これはドライバー自身が制御しなければならない車だ。首根っこを掴み、コーナーに蹴り出してやらなければならない。これは猛獣であり、御するためにはそれなりの実力が必要だ。とはいえ、巨大なタイヤと4WDシステムの恩恵があり、天気にも恵まれていたので、走りが破綻するようなことはなかった。私の思い通りに走ってくれた。牛追い棒を使って牛を思い通りに動かすようなものだ。

内装は見事だ。天井には細長くガラスの帯が走っており、室内を淡い光で照らしてくれる。水平基調のダッシュボードは赤いレザーで覆われ、まるでヴィクトリア朝の書斎机のようだった。その上部にはディスプレイが装備されているのだが、この車のマルティメディアシステムはウルティマエよりも遥かに先進的で、あまりに先進的なのでまるで使い物にならなかった。

しかし、使い物にならなくてもまったく困らなかった。V12エンジンが奏でる音があれば音楽をかける必要などない。特にシフトダウンしたときの破裂音は最高だ。自分が今どこにいるかとか、どうやったら目的地に行けるのかなんて情報も、もはやいらないと思えてしまう。

私は、古き良き車で、古き良き休日を過ごすことができた。ウルティマエ(究極)なんて名前に騙されてはいけない。