Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、BMW M3ツーリングのレビューです。


M3 Touring

およそ100年前、ろくに仕事もなく暇を持て余していた私は、1週間かけてドイツのニュルブルクリンクという恐ろしいサーキットの走法を習得しようとした。しかし、すぐにそれが不可能だということに気付いた。

全長およそ20km、高低差約300m、コーナー数約150のこのサーキットは、ニュルブルクの近く、アイフェルの深い森に囲まれた場所にある。普通のサーキットの走法を習得するのは、箸でピアノを弾くくらいの難易度だ。一方、ニュルブルクリンクの走法を習得する難易度は、ライオンに襲われながらモーツァルトの曲すべてを弾くのと変わらない。

インストラクターはコースをセクションに分けて練習するよう勧めてくれた。少人数のグループで2kmずつ走り方を練習し、徐々に先へと進んでいって、最終日にようやくコースを1周した。しかし、最後に通しで走ろうとする頃には、走り方をすっかり忘れてしまっていた。

急坂を登りきるたび、次は急コーナーだと身構え、急ブレーキをかけてシフトダウンするのだが、その先はずっとストレートだ。唯一おぼろげに覚えているのは、最終コーナー手前のミニカルーセルを抜けるとメインストレートに差し掛かるので、最後の右コーナーまではマルボロで一服することができるということだけだ。…いや、左コーナーだっただろうか。

もう一つ覚えていることがある。私が「ジェフ」と呼んでいた木だ。講習の初期段階で、車をジェフの方向に向けて走れば、バンクのきついカルーセルをうまく抜けることができるということを学んだ。しかし、木はあらゆるコーナーにあり、見た目もジェフと大差なかったため、結果すべてのコーナーで理想のラインから1kmほどずれて走ることになった。

この経験で、私は1週間を無駄にしてしまったかのように感じたのだが、厳密に言えばこの経験で学んだことが一つだけある。そのとき運転していた車、BMW M3が気に入らないということだ。

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当時のE30型M3はツーリングカーレースのルールに基づいて設計されていた。このルールでは、市販仕様車を5,000台以上製造しないとレースへの参加が認められなかった。そのため、E30はまさに公道を走れるレーシングカーであり、オーバーステア愛好家には大いに愛された。

しかし、当時の私はオーバーステアを恐れていた。コーナーで後輪が滑っても、アクセルワークで微調整することも、カウンターステアを当てることもできず、シートベルトを外して後部座席に逃げようとすることしかできなかった。

ニュルブルクリンクでオーバーステアを引き起こせば、ほぼ確実に何かに激突してしまう。それを避けるため、私はどんなに緩いコーナーでもかなり減速してから進入したのだが、「緑の地獄」ことニュルブルクリンクでは、次にどんなコーナーが来るのかまったく把握できない。先を予測した運転などできるはずもなく、そんな状況でM3は、前輪は先へ先へと切り込んでいき、後輪は喜ぶ犬のように尻尾を振った。おかげでコース中にブレーキ痕を付けまくることとなった。

それから何年も経ってようやく、私はオーバーステアの対処法を学び、やがてオーバーステアを楽しめるようになった。今の私がニュルブルクリンクで当時のM3に改めて乗ったら、ひょっとしたらM3のことが大好きになるかもしれない。

先日、BMWから電話がかかってきて、乗る予定だったi7の試乗車が借りられなくなったと言われた。その代わり、新型M3ツーリングを貸してくれることになった。私はE30以降に登場したM3はほぼすべて気に入っていたので、この提案を聞いて大いに喜んだ。

少し前にセダン仕様に試乗した際にはとても気に入った。パワーも、ハンドリングも、わざとオーバーステアをさせる馬鹿げたギミックすらも気に入った。そんなギミックは単に馬鹿げているだけではなく、状況によっては危険とすら言えるかもしれない。けれど、酔い潰れて花火をするのと同様、いくら危険でも楽しいのは間違いない。

そんなモデルにステーションワゴン仕様が登場した。つまり、500馬力とはどういうものなのかを、0-100km/h加速3.6秒がどういうものなのかを、愛犬にも体験させることができるということだ。ただし、荷室にもカーペットが敷いてあるので、犬の吐物を処理するのが面倒というのは欠点だろう。

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設定を変えれば、1970年代から1980年代にイギリスで人気を博したボルボのように、超合理的なステーションワゴンに変貌する。当時、イギリスは世界有数のワゴン大国だった。

そもそも、同クラスのセダンと比較して明らかなデメリットが存在しないにもかかわらず、あえてワゴンではなくセダンを選ぶ理由がどこにあるのだろうか。セダンのほうが明らかに剛性が高いと主張する人もいるが、私はそんなことなど気にならない。

ワゴンのほうがセダンより見た目が良いこともしばしばある。M3ツーリングもそうだ。それに、「走る喜び」のために人工的な排気音を鳴らしている他の車とは違い、M3の音は本物だ。パヴァロッティの物真似ではなく、本物のハミングだ。

この車には「本物」がある。4WDシステムをオフにして、あらゆる走行モードをハード仕様に設定すれば、その意味が理解できるはずだ。私も最高のオーバーステアを経験することができた。

完全に悪役的な車なのだが、決して悪い意味ではない。ガイ・リッチーのように、クールな悪役だ。洗練された狂気がある。

欠点はほとんどない。価格は少し割高だし、内装は驚くほど味気ないし、乗り心地はコンフォートモードでも少し硬めだ。けれどそれ以外、あらゆる点が最高で崇高で魅力的だ。

オーバーステアの何たるかを理解した私は、この車で再びニュルブルクリンクを運転してみたいと思っている。それに初代M3とは違って、新型ならニュルブルクリンクまでの一般道でも楽しむことができる。


The Clarkson Review: BMW M3 Touring