Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ホンダ・シビック e:HEVのレビューです。



Civic

20年前の私は、遠い将来、自動車メーカーは2社しか生き残れないと考えていた。そしてそのうちの1社はホンダだと思っていた。

ホンダが自動車産業に参入したのは比較的遅く、どれだけ厳密に考えるかにもよるが、1966年か、1962年か、1967年のいずれかだ。しかしその後、ホンダは著しい速度で成長し、参入のわずか20年後にはアコードがアメリカで最も売れた乗用車になった。そしてここイギリスでは瀕死のブリティッシュ・レイランドと提携を行った。

提携の最初の産物がトライアンフ・アクレイムだ。この車の評価はあまり芳しくなく、しかもこの車名をドイツ語に訳すと「ジークハイル」になってしまう。そうして、ホンダの努力の甲斐も虚しく、アクレイムは短命に終わってしまった。

しかしこれは稀な失敗例であり、ホンダは世界中の高齢者を虜にしてきた。私の母すら、年を重ねるとホンダの魅力に取り憑かれていった。それだけでなく、ホンダには優秀な小型スポーツカーもあった。特に初代CRXの魅力には私も取り憑かれた。他にも、プレリュードやNSX、それに1986年から1991年にかけてマクラーレンとウィリアムズをF1優勝に導いたエンジンもホンダが作り上げた産物だ。

しかしその後、ホンダの歩みは完全に止まってしまった。スウィンドン工場は閉鎖され、スポーツカーも消えていった。その代わり電気自動車で先陣を切っていくのかと思いきや、どこかで諦めてしまったようだ。シビックタイプRは輝く星となり、やがて崩壊した。

一応、今でもホンダはF1に参戦し、優勝も収めているのだが、もはや誰もそんなことなど知らない。マックス・フェルスタッペンが乗るマシンのエンジンがどこ製なのか知っている人は少ない。ホンダ自身がそれを隠したがっているのかもしれない。

我々の意識からホンダが消えてしまったかのように感じる。しかし今もホンダは存続し、車を作り続けている。なので久々にホンダ車に乗ってみることにした。借りる車はジャズ(日本名:フィット)にすることにした。ジャズこそ、私の母親をホンダファンにした車だからだ。しかし、プライバシー保護のために名前は伏せておくが、ある人(リサ・ホーガンと呼ばれる人物だ)がそのジャズを運転しているときにハンドル操作を誤ってしまった。

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大きな木にぶつけたわけではなく、ちょっとした生け垣に突っ込んだだけのようなのだが、やたら頑丈な生け垣だったようで、屋根にまで穴が開いていた。その後、ジャズはトラックで運ばれ、代わりに新型シビックが私のところにやってきた。これまでに見てきたあらゆる車の中でも相当に退屈な見た目で、リアに貼られた「e:HEV」というロゴを見てさらに落胆してしまった。この無念を晴らすため、匿名希望の某さんにシビックも木にぶつけてもらえないかと頼んでみたのだが、さすがに断られてしまった。

仕方なくシビックに乗ってみたのだが、不思議な感覚の車だった。私は自宅周辺の道路状況は基本的に把握しており、ほとんどの舗装が荒れている。ところが、シビックでそこを走るとまったく振動を感じない。まるでホバークラフトにでも乗っているかのような感覚だった。しかも、シートも良いし、スイッチ類も合理的で使いやすい。

車の快適性を重視しているものの、メルセデス・ベンツ Sクラスやロールス・ロイス ファントムを買えるだけのお金が無い人にとっては、シビックが最善の選択肢だろう。シビックは異様なほどに快適だ。

いまだにハイブリッドカーの最適解というものは分かっていない。メーカーによってメカニズムが違っており、ホンダの採用しているシステムは理論的には馬鹿げているとしか思えない。シビックは実質的にはほとんど電気自動車だ。タイヤを動かしているのは電気モーターだ。そして2Lのガソリンエンジンが発電機としてバッテリーの充電を行い、さらに厄介なことに、高負荷域ではエンジンが直接タイヤを動かすこともある。

スピードを出したいときはスポーツモードにするといい。レッドゾーン付近になると人工的ながらも心地良いバイクのような音が流れ、必然的にエンジンをどんどん回したくなる。

ただし、この車にはギアという概念が存在しない。説明書を読み込んでみたのだが、どうしてギアなしでエンジンがタイヤに駆動力を送れるのかは私には理解できなかった。いずれにしても、この車にはいわゆるCVTが採用されている。ただ、昔ながらのCVTとは異なり、この車は普通のATのような挙動をする。

この車の最大の魅力はそんな「普通さ」にある。車の内側では複雑なメカニズムが動いているはずなのだが、走らせてみるとごく普通のファミリーカーのように運転できる。唯一違うのは、パドルを操作すると回生ブレーキの効きが変化し、効率的にバッテリーを充電することができるという点だけだ。

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私は電動車が好きではないのだが、電動車が好きな人にとっては、あるいは20km/Lという燃費を求める人にとっては、シビックという選択肢が適していると認めざるをえない。シビックはかなり環境に優しいので、接着剤で自分の手を道路に貼り付けて交通の妨害をしている環境保護主義者すら、手を引きちぎってでも道を譲ってくれることだろう。

ホンダによると、特殊な技術のおかげで、通常の電気自動車よりもバッテリーの寿命が長いそうだ。つまり、リセールバリューは長期間乗ってもある程度は残存するだろうし、なによりバッテリー製造のために犠牲になる児童労働者も少ないはずだ。

まとめると、シビックは快適性が高く、経済的で、子供にも優しく、ハイブリッドカーであるにもかかわらず普通に運転することができる。それに、室内空間は広く、医療機器と同等の精度で作られており、車両価格自体も3万ポンド未満とかなり安い。

しかし、そんなことはどうでもいい。こんな記事をわざわざ読んでいる読者は、車好き以外いないだろう。そんな人がシビックハイブリッドなどに興味を持つはずがない。もし何らかの奇跡が起きて車好きでない人がこの記事を読んでいたとしても、車好き以外はハッチバックのシビックなどよりSUVに興味を持っているはずだ。

車が「欲しい」のではなく、車が「必要」な人にとって、シビック e:HEVは最適な選択肢だろう。ホンダはきっと、これからは合理性の時代だと考え、合理的な車を生み出したのだろう。私が最後の1社になると予想した自動車メーカーなだけはある。