Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
私がよく通る道では、ときどき惨めな身なりをした男を見かける。彼は木彫りの動物やキノコを売っているようなのだが、誰かがそれを買っている姿など見たことがない。そもそも、「今日は木彫りの鷺が欲しい気分だ」なんてことを思う人間など存在しない。
最近はその男を見かけなくなった。ひょっとしたら商売を諦め、一生懸命に作った彫り物を燃やして暖を取っているのかもしれない。想像するだけで悲しくなる。
数年前、ルーマニアのコンスタンツァからブカレストに向かう高速道路を走っているときにも同じように悲しい思いをした。そこでは路肩に屋台を出してサクランボを売っている男を見かけた。しかも一人ではない。あちらこちらに同じような屋台がたくさんあった。
誰かが高速道路上でサクランボを売る仕事を始めたからといって、どうして他の農家たちもこぞって同じようにサクランボを売ろうと考えたのだろうか。市場の隙間に目をつけて一人くらいレモンを売ろうとする農家がいてもいいのではないだろうか。それか、もう少し車がゆっくり走っている道路でサクランボを売ろうとする農家がいてもいいのではないだろうか。
いずれにしても、高速道路でサクランボを買う人間などどこにもおらず、胸が張り裂けそうになってしまった。貧しい農家たちは懸命に作物を育て、小さな袋に入れて高速道路まで運び、140km/hで通り過ぎていく車を眺めながら炎天下でひたすら座り続けている。
誰も買ってくれないような古本を売る商人や、店の前を通り過ぎていく人々をひたすら眺め続ける画廊の主人を見ても同じような感覚になる。イーロン・マスクやリチャード・ブランソンといった数少ない成功者の裏には、何百万もの実業家たちが日の目を見ずに死んでいくのだろう。映画『ブライズメイズ』に出てきたケーキ屋みたいなものだ。
自動車業界でも同じようなことが起こる。もっとも、我々が自動車工場に立ち入ることはないので、実際に目の当たりにすることはない。けれど、かつてフォルクスワーゲンが誰も欲しがらないシロッコを作っていたときの工場の様子は想像に難くない。工場の従業員たちは懸命に仕事をしていたはずだ。誰も買わないシロッコを作るために。
では売れなかったシロッコは一体どうなったのだろうか。ジェームズ・メイの推理によると、すべて海に投げ出されたらしい。ひょっとしたら彼の言う通りなのかもしれない。海面上昇の真の原因はフォルクスワーゲン・シロッコだったのかもしれない。
最近のジャガー XJについても同じような懸念がある。確かに女王陛下の最期を飾ったのはXJだったのだが、霊柩車以外の車はほとんどがベントレーかロールス・ロイスだった。そして高官たちはレンジローバーに乗り、警察はBMWを使い、警備用にはメルセデスのバンが使われていた。
XJの設計者は女王のためにXJが使われたことを誇りに思っているのだろうが、そんなことより、それ以外のXJがまったく買い手がつかずにいることを心配するべきだろう。
しかも、最近は状況がさらに悪化している。COVID-19のせいでジャガーの売り上げは60%減となっており、需要が戻っても不足した半導体は利益率の高いランドローバーに優先的に供給されている。
残念でならない。ルーマニアでサクランボを買ったときのように、ジャガーの社員を元気付けるためにジャガーの車を買ってやりたいと思っている。ただXJはもう全て海の底に沈んでしまっているので買うことはできないし、F-TYPEはやたら割高なので買おうとは思えない。それに、私は環境保護主義者と違って児童労働を行うコンゴ民主共和国のコバルトを使っている電気自動車産業に貢献するつもりはないので、I-PACEを買うつもりもない。
ではSUVのF-PACEはどうだろうか。特にV8スーパーチャージャーエンジンを搭載したモデルを選べば、コンゴの子供たちを殺さずに済むだろう。
ジャガーがXJR-9でル・マンを制してから34周年を祝う記念仕様も登場している。なぜ34周年を祝う必要があるのかはよく分からない。私に分かるのは生産台数が394台限定ということだけだ。この台数はXJR-9の周回数に由来しているそうだ。
その特別仕様車は「エディション1988」という名前で、紫色のボディカラーと金色のホイールは長年のポルシェの独占を打ち破ったXJR-9を彷彿とさせるものなのだが、大きな問題が2つある。まずそもそも、F-PACEの見た目はレーシングカーのXJR-9とは似ても似つかない。それに、当時のXJR-9に書かれていた”Silk Cut”という文字もない。
エンジンの種類も不適切だ。XJR-9には7.0LのV12エンジンが搭載されていた。5LのV8スーパーチャージャーでは不足だ。つまりこれは、かつての栄光を思い出させる純粋な記念モデルなどではなく、ジャガーが藁にも縋る思いで作り上げたマーケティングの産物でしかない。
しかし、だからといって車自体の出来が悪いとは限らない。実際、この車の出来は悪くない。いや、むしろ良い。最近の車らしく、走りに関するありとあらゆる設定を変えることができるので、走りを一言で説明するのは困難を極める。
設定をいじれば凶暴でやかましい車にすることもできるし、しなやかで静かな車にすることもできる。ただ、ソフトになることはない。強固なシャシと(オプションの)22インチホイールのせいだ。それでも私はこの車で狩猟に出掛けてみることにした。想像通り、他の人たちはレンジローバーでやってきた。ジャガーと並ぶとレンジローバーはやたらに大きく見えた。確かに、レンジローバーにはジャガーにはない上下分割のテールゲートがあるし、ジャガーのように坂でフロントスポイラーを擦ることもない。
レンジローバーのほうが狩猟に向いているのは確かだ。しかし、ジャガーもスタックすることはなかった。しかも、F-PACEは特別仕様車であっても価格はわずか101,550ポンドだ。最近のランドローバー車と比べるとかなりコストパフォーマンスが高い。
ジャガーは街中でも山でも問題なく扱える。確かに新しいレンジローバーの見た目はかなり魅力的だが、F-PACEも見た目が良い。特にリアは魅力的だ。
欠点はどうだろうか。スイッチ類は少し安っぽいし、ダッシュボードに書かれた”made in Coventry”という文字は少し恥ずかしい。私が”made in Doncaster”を自称するようなものだ。たしかに私はドンカスター生まれだが、私が”製造”されたのはコーンウォールのホテルだ。
ただ、ジャガーの熱狂的なファンでもない限り、エディション1988ではなく通常のSVRを購入するべきだろう。それに私の場合、そもそもF-PACEを購入することもないだろう。結局はレンジローバーを買うことになるはずだ。
ジャガーのことが心配でならない。何か抜本的な解決策を生み出せなければ、ジャガーは近いうちに自分たちのための霊柩車を作ることになるだろう。
The Clarkson Review: Jaguar F-Pace
やかましいわ!(割といつものジェレミー節)
純粋にかっこいい車だと思いますね。
洗練されてるというか、10年後も飽きずに見られそう。
SVRじゃない通常の(?)モデルが中古で300万円台とか見ると欲しくなっちゃうな…
auto2014
が
しました