Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ボルボ V90クロスカントリーのレビューです。


V90 Cross Country

私が番組撮影を始めた最初の頃は、撮影スタッフが4人しかいなかった。プロデューサー、ディレクター、カメラマン、そして音声スタッフだ。当時は皆で力を合わせて、三脚を担いで山を登ったり、空港からレンタカーまで重い荷物を運んだりしていた。

トップ・ギアが人気を博し、90分特番を作るようになってもなお、スタッフの数はそれほど増えなかった。ボツワナへの旅に同行したスタッフはわずか8人しかいなかった。

しかし今の時代、4Kの高精細映像を送信するスタッフや感染症対策スタッフ、ドローン整備士、アクションカメラの専門家、さらにはそうして膨れ上がった大量のスタッフを支えるために、お手伝いさんやケータリング業者、そして警備員も必要となる。実際、先日の北極での撮影には72人ものスタッフが同行した。

僻地でこれだけの人数を引き連れて移動するのは困難を極める。マダガスカルやミャンマーでは最新の4WD車など借りることはできない。物乞いするなり、盗むなり、借りるなりして、なんとかタイヤが4つ付いた乗り物を確保する。もし車が1台壊れたら(紐で固定されているような車なので頻繁に壊れる)、壊れた車に乗っていた人たちを別の車に乗せるしかない。第二次世界大戦中の軍用車列の一員になったような気分をいつも味わっている。

スカンジナビア北部の凍てついた大地で撮影をしたときは、紐ではなくちゃんとした工具を使って整備された最新型のボルボを借りることができたので、撮影はよっぽど楽に進んだ。

このとき、私とジェームズとリチャードは、カメラマンと音響スタッフを乗せた少数の車列とともに行動し、残りのスタッフたちを乗せた車は数キロほど後ろを走らせた。こうすることで、他の車が撮影の邪魔にならないし、車高短のホンダに乗って追いかけてくるような番組ファンに絡まれずに済む。

あまりに順調だったので、4日目の夜にはビールを飲みながらひとときの休息を楽しんだ。その際、リチャード・ハモンドがこんなことを言った。
あのボルボ、見た目も良いし気に入ったよ。買おうかな。ああいう車が欲しかったんだ。

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それを聞いたジェームズはこう言った。
それがいい。ボルボを買うのは歯医者に行くことに似ているんだ。結局どこかでやらなければならないことなのだから、早いうちにやってしまったほうがいい。

一方の私は、借りた中にあった1台のボルボに惚れ込んでしまった。それはV90クロスカントリーという車で、見た目がかなり良かった。走破性を高めるために地上高が少し高くなっていたにもかかわらず、全体的な車高は低く抑えられており、かなり洗練されている印象だった。

撮影の合間に乗り込んでみたのだが、内装も素晴らしかった。非常にスウェーデン的なデザインで、明るくて開放感があり、荷室もかなり広い。これより荷室の広い車を私は知らない。

帰国後、ボルボから試乗車を借りて1週間使ってみたのだが、欠点はまったく見つからなかった。プラグインハイブリッドも存在するのだが、私はそんなものに興味はないので(コバルトの採掘に児童労働が関与している可能性もある)、ガソリンモデルのB5を選択した。これには2Lの4気筒エンジンが搭載され、燃費はそこそこだ。具体的にどれくらいかといえば、走り方による。0-100km/h加速は7.1秒で、車重を考えれば十分だろう。

しかし、この車の魅力は加速性能などではない。圧倒的な快適性と静粛性だ。手袋をはめたままでも操作できるスイッチ類や実用的なスマートフォン用充電ポート、ロンドンタクシー同等の最小回転半径といった、常識的な部分にも気を配られている。では走破性はどうだろうか。当然、レンジローバーには及ばないのだが、4WDなので未舗装路も問題なく走行できる。

安全性に関しては、興味深い統計がある。2004年から2017年までに、ボルボ XC90に乗車中に死亡した人間は1人もいなかった。おそらく、V90に関してもほぼ同等の安全性があると考えられるので、安心して乗ることができるだろう。

要するに、V90には欠点が存在しないように思える。しかしひとつだけ、大きな問題がある。周りの人間に「ボルボを買った」と公言するのは、「私のペニスが使い物にならなくなった」と公言するのと変わらない。

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いや、実際そうなのかもしれない。私くらいの年代の人間は、ボルボといえば退屈な人間か骨董品屋しか買わないということを知っている。私の父親もどういうわけかボルボ(265 GLE)を購入したのだが、太った母の叔母にちなんで、家族からは「クラウディア」と呼ばれていた。私はクラウディアに乗ることを断固として拒否していた。

ピーター・サトクリフがまだ捕まっていなかった頃、両親はリーズ大学に通うようになった私の妹に車を買い与えることにしたのだが、その時に親が買った車がボルボ 345だった。345は輪ゴムかなにかを動力源とするオランダ製のハッチバックで、私も何度か運転したことがあるのだが、その時のことを思い出すと今でも恐ろしさのあまり青ざめてしまう。

1994年、ボルボは野暮ったいイメージを払拭するためにT5というターボエンジン搭載車を発表した。モータースポーツにも参戦し、サーキットを駆け抜ける姿はまるで走る鋼鉄だった。何度か勝利も収めたのだが、それは他のドライバーがボルボの巨大さに怯んで道を譲ったからなのかもしれない。

しかし、そんな広報活動にも意味はなかった。ファッションやお酒、スポーツ、遊びに興味があるような人は、ボルボなどではなくアウディやBMWを購入し、やがてボルボは中国のナントカカントカとかいう企業に買収された。

ところがそれ以降、気付かぬ間にボルボのブランドイメージは一変していた。先週、私の農業番組の制作スタッフの若者と話をした。彼はロンドンの一等地に住んでおり、最新のスポットに出掛けたり、グルテンフリー食品を食べたりしているような人なのだが、そんな彼が乗っている車はボルボ XC40だそうだ。

彼だけではない。近所のスーパーの駐車場を観察してみてほしい。駐車枠をはみ出して停めるような老害が運転している車は、どれもBMWかアウディだ。一方、正しく駐車されている車はほとんどがボルボで、乗っているのはブロンドの美女やIT系の青年だ。

スウェーデン人は出る杭を嫌う国民性があり、あまり自分から自慢することはないのだが、気づかぬ間にボルボこそが最も洗練されたブランドになっていた。そう考えると、今やボルボを買うことを恥ずかしいと思う必要などなくなったし、V90クロスカントリーを購入するべきなのだろう。