Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、マセラティ MC20のレビューです。


MC20
先週の水曜日は食事の準備をするのが面倒だったので、借りていたマセラティに乗ってフィッシュパイを食べに行くことにした。家を出たのは午後7時で、パブまでの距離は5kmもないのだが、到着したのは8時30分だった。

1つ目の原因は家の鍵だ。以前は回すだけで鍵をかけることができたのだが、今の家の場合、猫にいちいち反応する防犯装置の設定を変えたり、裏口の鍵を閉めたりしなければならない。しかし、手順が煩雑すぎて誰にも完遂できない。

仕方ないので誰かに留守番を頼まなければならないのだが、そのためには防犯装置をオフにしなければならない。いずれにしても不可能だ。

それでもなんとか家を出て、5分後にはパブの駐車場に車を止めたのだが、車内からどうやってドアを開けるのかが分からず、さらに5分が経過した。同乗していたリサは「これで湖に落ちたら大変ね」と悠長に言っていた。

携帯電話のトーチで照らして探し回り、なんとかドアを開けるためのボタンを見つけ、車外に脱出することができた。その直後、車がひとりでに坂を下りはじめたので、慌てて車内に舞い戻った。

ブレーキを踏んでからメーターパネルを見ると何かが表示されていた。老眼鏡をかけて確認すると、そこには「Pにしてください」と書かれていた。しかし、シフトレバーの存在しない車でどうやってPレンジに入れるのだろうか。パドルシフトを押したり引いたりしても何も変わらず、辺りを探してみても「P」と書かれたスイッチなどどこにも存在しなかった。

必死で車内を捜索すると、足元にパーキングブレーキをかけるためのボタンを見つけた。これで大丈夫だろうと思って再び車を降りると、今度は車から警報音が聞こえてきた。きっとライトでも消し忘れたのだろうと思って車内に戻ったのだが、ライトを消しても警報は鳴り止まなかった。

rear

グローブボックスに取扱説明書が入っているわけでもなければ、ナビのシステム内に説明書が収録されているわけでもなかった。YouTubeで検索しても無駄だ。なにせマセラティなだけに、わざわざ解説動画を投稿している人間もいない。

こんなことになるなら、家で丹精込めた手料理を作ったほうがよっぽど楽だった。同業者に電話で聞いてみたところ、Pレンジに入れるためにはエンジンのON/OFFスイッチを2度押す必要があるらしい。なのでエンジンをオフにしてから再度スイッチを押したところ、エンジンが始動した。再びその人に電話をかけて聞いてみると、どうやら2回目に押すときはブレーキペダルから足を離す必要があるそうだ。彼の言う通りにしたところ、なんとかラストオーダーには間に合った。

こんな経験をしたのだから、私が怒って車を破壊したと考える読者もいるかもしれない。しかし、ドア開閉ボタンの位置とエンジンの止め方さえ理解すれば問題はない。この車には興味深い点がたくさんある。

何より不思議なのが、この車が誕生した理由だ。マセラティはフェラーリと同じ系列の自動車メーカーだ。にもかかわらず、どうしてあえてマセラティから20万ポンドのミッドシップスーパーカーを出そうと思ったのだろうか。

競合するのはフェラーリだけではない。ランボルギーニも、ポルシェも、マクラーレンも、シボレーも、20万ポンド前後のミッドシップスーパーカーを販売しているメーカーは世界中にたくさんある。それだけの選択肢がある中で、あえてマセラティを選ぶ顧客がどれだけいるというのだろうか。

私ならマセラティを選ぶだろう。最近のフェラーリは面白みがないし、マクラーレンはどのモデルも大差なく、優秀なのだがブランドにさほど魅力がない。ランボルギーニは遊び心が感じられるのだが、マセラティというブランドにはそれ以上の魅力を感じる。「マセラティで出掛けよう」なんて、一度は言ってみたいセリフだ。

MC20の中身はかつてのアルファ ロメオ 4Cに近い(ちなみにアルファ ロメオも、プジョー、オペル、シトロエン、クライスラー、フィアット、ランチア、ヴォクスホール、ジープとともに、マセラティと同じ系列のメーカーだ)。100kgのカーボンファイバー製モノコックにすべてのコンポーネンツが取り付けられる。おかげで異常なほど軽い。パーキングブレーキ用のボタンが分かりづらい位置にあったのもこれが理由なのかもしれない。パーキングブレーキなど使わず、ロープで係留しておけばいいのだろう。

interior

この軽さに最高出力630PSのV6ツインターボエンジンが組み合わされば、結果は火を見るよりも明らかだ。遅くなりようがない。電光石火の速さだ。ジョー・ウォルシュのマセラティは300km/h出したらしいが、この車なら325km/hを出すことができる。

ただ、問題もある。走行モードで何を選んでも、スピードを出すとかなり跳ねてしまう。それに、ブレーキは足にかなり力を入れないとしっかりかからないし、トランスミッションの応答性は熟睡状態から起こされた人と同等だ。

フェラーリやランボルギーニ、マクラーレンなどと比べると、敏捷性では相手にならない。その代わり、MC20には緊張感が少ない。競合車と比べると、快適で静粛性も高く、ゆったり運転することができる。威圧感も少なく、スーパーカーというよりはスポーツカーに近いかもしれない。

見た目も良い。全長はフェラーリ 488より10cmも長く、全幅は運河くらい広いのだが、それでも見た目は(488ほどではないが)美しい。

内装は意外なほど普通だ。パーキングブレーキスイッチの位置はおかしいのだが、ダッシュボードは至って常識的で、変な小細工もない。ライト、ワイパー、方向指示器などの操作系も常識的に配置されている。フェラーリや私の家のセキュリティシステムもマセラティを見習うべきだろう。

しかしどう結論付けたものだろうか。フェラーリとの差別化はされている。走りは良いのだが、488のように車とテレパシーで繋がっているような感覚はない。ランボルギーニのような派手さもない。音も穏やかだ。MC20は他のどの車とも違う個性を持っている。

見た目はスーパーカーなのだが、中身はグランドツアラーだ。快適で静粛性が高く、長距離移動に適している。見た目も美しい。しかし、私が他の車よりもMC20を選ぶ理由は単純だ。気に入ったからだ。


The Clarkson Review: Maserati MC20