Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アウディ RS3のレビューです。


RS3

私の新居にはiPadで操作できる暖房システムが装備されている。これを使えば、居間にいながらにしてすべての部屋の温度を自由自在に変更することができるのだが、これほど煩わしいものはない。あまりに複雑で苛立たしいので、すべてのシステムをオフにして、代わりにジャンパーと石炭を使って温度調節することにした。

温度には3種類しかない。暑いか寒いか適温かのどれかだ。それを調整したいなら、ダイヤルのつまみを右に回すか左に回すかして、吹き出し口から出てくる風の温度を調整するだけでいいはずだ。

しかし、私の家には暖かい風が出てくる吹き出し口が存在しない。家には床暖房しかなく、足が痛くなってしまう。しかも、部屋が暖まるまでに2時間ほどかかるので、効いていないのかと思ってiPadで温度をさらに上げると、しばらくしてジャンヌ・ダルクの気分を味わうことになる。こうなったらもう窓を開けるしかなくなり、その結果、オックスフォードシャー北部が温暖化してしまう。

きっと精神年齢12歳の設計者は「たくさん選択肢があれば顧客は喜ぶはずだ」と考えたのだろう。しかし、顧客が求めているのはちゃんと機能する空調システムだ。同様に、家の照明スイッチも気に入らない。部屋は明るいか暗いかのどちらかであればいいはずだ。それ以外の選択肢などいらない。

政治家選びにおいても、まともな選択肢が提示されることはない。イギリス人に提示された選択肢は、「何も知らない人間」か「レゴ製の髭を付けた男」だけだ。アメリカには「負けない人間」か「起きない人間」しかいないし、中国に至ってはそもそも選択肢自体が存在しない。

自動車業界においては、選択肢を増やそうという動きが加速しすぎてしまい、エアコンのような単純であるべきシステムすらも複雑になってしまった。最近の車は、車内の右半分と左半分の温度を別々に設定できるようになっている。しかしそんな機能に意味などあるはずがない。それに、設定温度は0.5度単位で変えられるようになっているのだが、「21度では暑すぎるから、20.5度に下げよう」なんて人間がどこに存在するのだろうか。

rear

少なくともそんな女性はいないはずだ。いろいろうるさいので註釈しておくが、ここで言う女性とは、私がこれまでに会ってきた女性のことだ。女性の場合、エアコンの温度は凍てつくほどの温度まで下げるか、岩が溶けるほどの暑さまで上げるかしかしない。車の温度を一定に保つことができるオート機能の存在など知らない。

アウディ RS3の場合、選択肢はエアコン以外にもたくさんある。最高速度も、排気音も、コーナーを素直に曲がるかドリフトしながら曲がるかも選ぶことができる。不思議なことに、右半分は滑らせて左半分はグリップさせるという選択肢は存在しないのだが、近い将来、こういう設定も選べるようになるはずだ。私は絶対に選ばないが。

車を買うなら、自分たちが何を作っているのか理解している人間が作った車を選びたい。つい昨日までプログラミングの仕事をしていたオタクがノートパソコンを使って作ったオプション盛り盛りの車になど乗りたくはない。

なので、私はRS3の設定をまったくいじる気にはならなかった。そして素のまま乗ってみたのだが、驚くべきことに、無意味な選択肢さえ無視してしまえば、この車はかなり出来が良かった。

数日後、RS3はさらに魅力的な姿になった。私の農場近辺は泥だらけで、おかげで車はすぐに泥まみれになった。泥まみれの車は特にロンドンでは目立つ。ラリーのステージからそのまま首都にやってきたかのような気分だった。

実際、この車には昔の20Vのクワトロに近いものがあった。クワトロ同様に四輪駆動で、5気筒エンジンを搭載し、しかもこの車は排気量2.5Lでありながら最高出力400PSを発揮する。これはかつてのクワトロの2倍近い数字だし、実際かなり速い。

interior

しかし、最大の魅力は別にある。安定感や安心感がありながら、同時に軽快感や繊細さも感じることができる。戦車のような頑丈さと、フウセンムシのようなすばしっこさを兼ね備えている。言うなれば、水上スキーに乗ったキャリントン卿だ。

ノーマルモードだとサスペンションは低速域でもしなやかで、それでいて自信を持って運転することができる。あまりにも安心感があるので、狭くて曲がりくねった農道でついつい160km/h以上出してしまった。

昔は、ただ運転を楽しむだけにドライブをしていた。今の時代、そんなことなどできないと思っていたのだが、この車なら、そういうドライブもできるかもしれない。なにか出掛ける用事がないかと必死に考えるようになった。

室内空間に関しては、ドリフトモードを設定したせいで荷室が従来より狭くなっているのが残念だ。しかし、内装デザインは良くなっており、タッチパネルが多用されているため見た目はかなり良い。ただし、運転中にまともに操作することはできない。幸い、エアコンの操作系は物理スイッチとなっていたので、私が運転中、助手席のリサが設定温度を乱高下させてくれた。おかげで車内は灼熱と極寒を行き来していた。

それでも、RS3の運転はあまりに楽しく、温度のことなどまったく気にならなかった。不思議な話だ。最近のアウディに楽しさを求める人などほとんどいない。そういった車が欲しい人は普通、メルセデスやBMWを選ぶはずだ。しかし、アウディはときどきメルセデスやBMWを打ち負かすような車を出してくる。RS3もそんな1台だった。