Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、レンジローバー D350のレビューです。


Range Rover

先日、森で薪を集めているとき、キジの檻にキツネのようなものが飛び込んでいくのが見えた。結局それはキツネ色のスパニエルだったのだが、幸い銃を持っていなかったので撃ち殺さずに済んだ。その犬は私が声をかけると耳と尻尾をふりふりさせながら寄ってきた。私は探偵のような洞察力を持っているので、首輪のタグからその犬の名前がローリーだということにすぐ気付いた。

タグには電話番号も書いてあったのでかけてみたのだが、留守電になっていた。妙な話だ。普通、愛犬がいなくなったら、海に落ちた船乗りが必死で救命ボートにしがみつくように、携帯電話に連絡が来ないがずっと待ち続けるはずだ。それだけが命綱のはずだ。

ひょっとしたら、犬の主人は携帯を家に置き忘れたまま散歩に出掛けたのかもしれない。きっと主人は必死になって愛犬を捜しているのだろう。

しかし、耳を澄ましても「ローリー!」という叫び声は聞こえてこない。そうこうしているうちに暗くなってきたので、ローリーを家に連れて帰ることにした。しかし問題があった。

私が農作業用に使っている13年前のレンジローバーは前の週に点検に出し、私の元へ戻ってきた翌日に故障してしまった。調べてみると、片方もしくは両方のターボとインタークーラーが壊れているようだ。これだけの故障だと、修理にはそれなりの金がかかるはずだ。

私は他にもレンジローバーを持っているのだが、2台目のレンジローバーは人に貸した結果、事故を起こされてしまった。3台目のレンジローバーはノーフォークに置いてあるし、4台目は借り物の試乗車で、ピカピカの新車なので、泥だらけのスパニエルを運ぶのには使えそうにない。

ここでレンジローバーの(唯一の)問題点に気付く。50年前に登場したレンジローバーには2つの用途があった。日中は農作業に使い、車内を丸洗いすればそのまま夜はオペラ鑑賞に行くこともできた。そんな二面性を持つ車は他に存在しない。メルセデスのゲレンデでも無理だ。

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以前にも述べた通り、人間にとって「必要な車」はフォルクスワーゲン・ゴルフGTIだ。しかし、日中は農業をし、夜はオペラ鑑賞に行きたい人は別だ。その場合、必要な車はレンジローバーになる。

ならば、どうして私はレンジローバーを複数所有しているのだろうか。ここに問題がある。4年前に購入したレンジローバーヴォーグは豪華すぎる。なので、ロンドンと自宅の往復にしか使っておらず、猟に使うことはない。私の友人はほとんど全員がレンジローバーを所有しているのだが(もはや制服のようなものだ)、彼らも同じような使い方をしている。

新しいレンジローバーは操作系にガラスパネルが使われ、シートには柔らかい高級レザーが使われているため、この問題がさらに深刻化している。丸太を運んだり、立ち往生したトラクターを牽引したりもできるのだが、そんなことをしようとする人はいない。最近、ルイ・ヴィトンが4,000ポンド以上するサッカーボールを発売したのだが、それでサッカーをする人がいないのと同じだ。

ランドローバーの他の車種でも同様にオフロードは走れるだろうが、私はレンジローバー以外のモデルに興味はない。他のランドローバー車が優秀なのは分かるのだが、私が好きなのはレンジローバーだ。分割式テールゲートが付いた本物のレンジローバーだ。

新型はさらに魅力的になっている。エンジンの排気量は小さくなっているのだが、電子制御やハイブリッドシステムによって性能は向上している。ディーゼルのD350の場合、十分なトルクと13km/Lという燃費性能を両立している。グレタ・トゥーンベリもこれを買うべきだろう。

しかし、何より魅力的なのはその快適性だ。チッピング・ノートンからマンチェスターまで、シュロップシャーのラドロー経由でほとんど高速を通らずに行ったのだが、それが最高だった。ランドローバーによると、サスペンションは従来モデルと変わっていないらしい。しかし、シートのおかげか魔法のおかげかは知らないが、明らかに快適性は向上している。

楽しさもある。もちろん、MX-5(日本名: ロードスター)や911のような楽しさがあるわけではない。しかし、リンカン大聖堂くらい重さのある車に乗って飛ばすのもまた一興だ。

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しかし信頼性はどうだろう。レンジローバーの信頼性の低さは有名だが、私が4年前に購入したレンジローバーはジョン・テリーと同じくらい頼もしい。それよりずっと古い13年前のレンジローバーもターボの不具合を無視すれば信頼できる。ジョン・テリーも不倫問題を無視すれば信頼の置ける男だ。

しかし、今のレンジローバーに二面性など存在しない。日常生活では使いやすい車なのだが、泥だらけの犬を乗せて田舎道を3km移動したいなら、もう1台トヨタのピックアップを用意する必要がある。

私はトヨタのピックアップは持っていないのだが、イギリス陸軍がかつて使っていたスパキャットの6輪車は持っている。なので、彼女にスパキャットで迎えに来てもらい、ローリーを乗せて家に帰ることにした。

ローリーは私が作ったシチューを(他の人とは違い)気に入ってくれたようだ。その後、再び電話をかけてみると今度はすぐに女性が出た。しかし、彼女の言っていることはよく聞き取れなかった。後ろから聞こえてくる子供の泣き声がすべてをかき消してしまった。
ローリー? ローリーなの!?

ローリーを預かっていることを伝えると、安堵したような声が聞こえてきた。それを聞いて私も嬉しい気持ちになった。その子は愛犬の無事を知って本気で喜んでいた。

いい気分になったので、レンジローバーにも満点の評価を与えることにしよう。オペラ鑑賞に行く用途にはこれ以上ないくらいぴったりなので、豪華すぎて農作業に使えないという欠点も無視できる。

そして、どれだけかかったとしても昔のレンジローバーを直そうと決意した。なにせ、ずっと共に過ごしてきた家族なのだから。私にとって、レンジローバーはローリーだ。