Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ポルシェ 911 GT3です。


911 GT3

毎週金曜の夜になると、地元のパブの駐車場はグレーのレンジローバーで埋め尽くされていた。しかしここ数ヶ月、電気自動車のポルシェ・タイカンが増えてきたことに気付いた。店内で食事をしていても、誰が運転しているのかはすぐに分かる。なにせ、オーナーが自分から教えてくれるのだから。

彼らはタイカンの加速性能がいかに高く、そして前に所有していたグレーのレンジローバーよりいかに信頼性が高いかについて語ってくるので、私も興味のあるふりをしてその話を聞く。そういうときは「今度一緒に狩りにでも行きましょう」と言うことにしている。そうすれば彼らはスタックやバッテリーの心配をしはじめ、黙りこくる。

先週末は私もポルシェでパブに行った。しかし乗っていたのは911 GT3だ。昔ながらのガソリン車に乗るのは心地良かった。天安門広場で戦車の前に立ちはだかった男も同じような気持ちだったのかもしれない。無意味な行為に違いないのだが、それでも自己満足にはなる。

最初、これが新型のGT3であることに気付かなかった。前のGT3が登場したのはつい昨日のことのように思えるし、それ以外にもGT3 RSだのGT2 RSだのが登場しているのだが、私のような人間にとっては、どれも同じとしか思えない。

ともかく、新型GT3に乗って、私はかすかな希望を見出した。今後、ポルシェはコッツウォルズにセカンドハウスを持つ人やロサンゼルスの意識高い系に向けた車しか作る気がないのだと思っていた。911はいずれ死に絶えるものだと思っていた。

一見すると、新型になっても大して変化はないように思える。ターボをつければ911ターボになってしまうので、ターボは付いていない。友達のいないポルシェオタクにとってはターボがないことが重要となる。搭載されるのは4.0Lの自然吸気水平対向6気筒エンジンで、従来モデル比で10馬力しか向上していない。

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しかし、グレタ・トゥーンベリのおかげでさまざまなエコ装備が追加されている。結果、車重は増加しているのだが、ボディパネルや内装などでグラム単位の軽量化が行われた結果、旧型からの重量増は5kgまで抑えられている。おかげで、0-100km/h加速は速くなり、最高速度は旧型同様319km/hとなっている。

この事実だけ聞くと、ポルシェはテスラに対抗するのに夢中で、これまで何年も忠実にポルシェを信仰してきたファンの期待には応えられていないように思える。

しかし、ポルシェによると、空力性能を大幅に向上させた結果、ニュルブルクリンクでのラップタイムはかなり短縮されたそうだ。友達のいないオーナーは超複雑な「スワンネック形状」のリアウイングを手動で調節することができ、200km/hでは旧型比でダウンフォースが50%増加している。

私はダウンフォースが好きではない。私が好きなのは直感的なコーナリングだ。車の上に見えない象が乗っているような状態だから240km/hでもコーナーを曲がることができると言われても、私にはそれを信じ切ることができない。F1でウイングが外れたときどうなるか見たことがあるので、ウイングがどれだけ重要なのかは理解しているのだが、私にとってウイングを信頼するのは神を信頼するのと大差ない。

しかし、変わったのは空力性能だけではない。車の中身も大きく変わっており、フロントサスペンションはマクファーソンストラット式ではなく、ポルシェのレーシングカーにも使われているダブルウィッシュボーン式が採用されている。伝統主義者はこれを嘆くのだろうが、正直、私には違いが分からなかった。昔からGT3の操作性は非常に高く、新型になってもそれは変わらない。

その他の変更点として、ステンレススチール製となった排気システムがある。ちょっとしたアクセル操作でも音が乱高下したため、最初は気が狂いそうになったのだが、だんだんこの音が心地良くなってきた。この音を聞けば、エンジンを感じることができる。ただの家電製品との違いを体感することができる。

内装も気に入った。試乗車にはオプションのPDKが装備されていたのだが、シフトレバーはマニュアル車のようなちゃんとしたレバーだった。エンジンスタートスイッチにもキーを回すときのような手応えがある。ナビも現行車の中でトップレベルに使いやすいと言っていい。

interior

GT3には最新のディスプレイやエアコンが装備されている一方で、後ろに目をやるとロールケージが鎮座している。高級レーシングカーという概念など存在するのだろうか。

しかし、GT3はレーシングカーなどではない。サーキット向けの技術は投入されているのだが、その走りはスポーツカー的だ。ボディサイズはかなり大きいのだが、軽やかに走り回ることができる。楽しくて、笑顔になれる車だ。要するに、フェラーリよりもマツダ MX-5(日本名: ロードスター)に近い車だ。

ただ、問題点もある。旧型のGT3は気分が乗っているときはスポーツカーのように走り、気分が乗らないときは穏やかな走りを見せた。イギリスの道路工事業者の怠慢から乗員を守ってくれた。

しかし、新型は違う。行儀の悪い子供のように落ち着きがなく、常に跳ね回る。特に私くらいの年齢の人間が日常的に乗るのは厳しい。GT3でこれなら、今後登場する予定のハードコア仕様車、RSはどんな車になってしまうのだろうか。

要するに、GT3は週末用の車であり、晴れの日、気分が乗ったときにだけ運転する車なのだろう。そんな車に128,000ポンドも払うのは狂気の沙汰としか思えないかもしれない。それに、ホイールやシートなど、オプションを付けると価格はさらに高くなる。しかし、これ以上の狂気がある。

前の金曜、私に話しかけてきたタイカンオーナーによると、彼は週末に地方部に行くときだけタイカンを使っているそうだ。つまり彼は環境に配慮し、セカンドカーとして電気自動車を購入したということになる。これこそまさに狂気の沙汰だ。