Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ベントレー・コンチネンタルGT マリナーのレビューです。


Continental GT Mulliner

私は良識ある人間なので、今年は海外旅行に行かないことにした。旅行を予約したところで、コロナ関係の何らかの規制によって強制的にキャンセルされられることになるだろう。そうなれば大金を失い、ラジオの電話インタビューで旅行会社やボリス・ジョンソンに対する文句を言うことになるだろう。そんなことをすれば世間の笑い者になってしまう。

そもそも、旅行など必要ないとさえ思うようになってきた。旅行は神から与えられた権利などではない。14世紀にはそんな概念などなかったし、エチオピアのような場所では今でも旅行という概念は存在しない。それに、私はたくさんの仕事を抱えているので、どこかに旅行している時間などない。

ところが先週、雨で収穫が中止となったため、突然3日間の休みができた。なので、童心に帰り、国内の海に行って生き物探しをしてみることにした。しかしどこの海へ行けばいいだろうか。私はヨークシャー生まれなので、ウィットビーかスカボローに行くのが普通だろう。しかし、人間の誕生は受精した瞬間であるという考え方もある。それを考慮すると、私が生まれたのはコーンウォールだ。もっと具体的に言うと、ベッドルーサン・ホテルの7号室だ。

それに、家族旅行でもよくコーンウォールに行っていた。今でもその時のことはよく覚えている。雨の日、パドストウのカフェで苦い紅茶を飲みながら天気が良くなるのを待っていると、曇ったガラスを覗いていた母が「明るくなってきたわよ」と言った。しかし決して天気が良くなることはなかった。

雨の中で石英やアメジストを探したり、雨の中でカニを探したり、雨の海で木製のヨットに乗って遊んだり、トタン屋根に当たる雨音を聞きながら小屋でモノポリーをした。幸せな思い出だ。なので私は、セント・モースのアイドル・ロックス ホテルを予約することにした。

コーンウォールは私が8歳だった頃から大きく変わっていた。今でも常時雨が降っているのは変わらないのだが、やたら人が増えた。そのほとんどがテレビ番組のスタッフたちだ。彼らが取材しているのは、自分たちの小さなコテージの価値が1700万ポンドに跳ね上がり、ロンドンから来た観光客が40ポンドも払ってイワシを買い占めていくことを嘆いている地元住民たちだ。

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アイドル・ロックスの支配人は私の友人なので、史上最速でチェックインすることができたし、まともに宿泊できる部屋が用意されていた。それに、私のためにレバノンワインまで用意されていた。

昔は、ホテルを予約した時点から野菜を焼き始めていたので、宿泊客がホテルに来る頃にはちょうど食べごろになっていた。しかし今は違う。ポースレーヴェンのコタ・カイという店でシーフードラクサを食べ、マイケル・ウィナーが食べ物のことを「歴史を感じる」と評したときの気持ちを初めて理解した。

雨の中、街中を散歩していると、地元住民たちはわずか1,400ポンドという安さで波の写真やシーグラスのアクセサリーを売りつけてきた。ドライスーツを着た子供たちは母親と一緒に海へ飛び込みたがっていた。母親は躊躇していたのだが、陸地も海も同じくらい水浸しなのだから、躊躇う意味が理解できない。

私はコーンウォールが大好きだった。コーンウォールは流行の最先端を行く洗練された街で、パドルボードやヨットがたくさんいて、美味しい料理が食べられる店もたくさんあった。今やコーンウォールは変わってしまったのだが、変わっていないこともある。コーンウォールでは誰もがのんびりしている。

セント・オーステルに向かう坂道を走っているときのことだ。そこはほぼ垂直といっていいほどの急な下り坂だったのだが、前を走っていたMINI ONEはずっと25km/h未満で走り続けた。しかも、ブレーキを使っていなかったことも考えると、エンジンは1速のまま400万rpmで回っていたとしか考えられない。

その後に見かけたルノー・セニックはかなり広い幹線道路を32km/hで走っていた。時折、何の前触れもなく20km/h未満に減速することもあった。しかも、対向車線はノッティング・ヒルの実家に帰省するロンドン市民が乗るルーフボックス付きのボルボで埋め尽くされていたため、追い越しをかけるチャンスもなかった。

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コーンウォールの交通の流れはあまりに遅く、夫に内緒で三輪自動車を運転したベンツ婦人の気持ちが理解できた気がした。目的地まで25kmという標識を見て、20分くらいあれば到着すると思っていたのだが、コーンウォールの場合、到着までには数日かかる。

幸い、そのとき私が運転していた車はベントレー・コンチネンタルGT マリナーだった。連れのリサは、コーンウォールの道は狭いんだから、こんな車で行けば後悔すると言っていた。しかし、G-WizだろうがNASAのロケット運搬用トレーラーだろうが、等しくコーンウォールで追い越しをすることなどできない。それに、古い漁村に大きなベントレーで行くことを躊躇する気持ちもなかった。私は独創的な駐車にかけては金メダル級の才能がある。たとえダウニング街であっても、警察官が合法であると認めざるをえない方法で駐車することができるだろう。

コンチネンタルこそコーンウォールに最適な車だ。前述の通り車の大きさなど関係ないし、車内は静かで豪華だ。帰省族や氷河期の時間感覚に生きる地元住民たちのせいで足止めを食らわされても、居心地の良い車内で過ごすことができる。

特にマリナーの場合、オーナー自身が自分の好みに応じてさまざまなカスタマイズをすることができる。木材も、革も、ボディカラーも、フローティングホイールセンターキャップも、ブライトリングの時計も好きに選ぶことができる。40万本のステッチが施されたシートを装備することもできるし、コーンウォールならそれを1本1本数えて確かめる時間もある。

今回借りた車のカスタマイズをした人間はチェシャー的価値観の持ち主だったようで、ブラウンとゴールドで仕立て上げられており、フランスのポルノ作家のネクタイくらい派手だった。ただコーンウォールの地元住民たちはこれを気に入ったらしく、作業服を着た人が近寄ってきて車の値段を尋ねてきた。私が「20万ポンド以上する」と答えると、「もう少しで家が買えそうな値段じゃないか」と驚いていた。

では、どちらを選ぶべきなのだろうか。ベントレーを買うか、コーンウォールに別荘を買うか。私なら車を買う。そっちのほうが水浸しになる心配は少ないだろうから。