Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、MINI JOHN COOPER WORKS GPのレビューです。


MINI JCW GP

2017年にドイツで開催されたモーターショーで300馬力超のミニの登場が予告された。それを聞いて考えた。どんな特別な装備が付いているのだろうか。スペースレーザーだろうか。反重力スラスターだろうか。それとも、ベリリウム製のネジだろうか。

しかし、我々の予想は外れた。2020年に発表されたMINI JOHN COOPER WORKS GPに搭載されたのはBMW M135iとほとんど同一のターボエンジンだった。最高出力は306PSを発揮する。

本来、ネズミの体にオオカミの心臓を移植しようとする場合、すべてが破綻してバラバラになってしまわないよう、あらゆる部位を補強しなければならないはずだ。しかし、JCW GPにはそんな補強など施されていない。

JCW GPには2段重ねのウイングやカーボンファイバー製のオーバーフェンダー、パドルシフトが追加され、リアシートの代わりに補強用のバーが設置されている。しかしよく見てみると、このバーは補強の役割など果たしていないことが分かる。これはブレーキをかけたときに荷物が運転席の方に飛んでくるのを防ぐためのストッパーでしかない。それに、パドルシフトが繋がっているのはただのオートマチックトランスミッションだし、巨大なオーバーフェンダーは何の役にも立っていない。

巨大なウイングも疑問だ。そもそも、前輪駆動車の後部を下に押し付ける意味がどれほどあるのだろうか。それに、よくよく調べてみると、ウイングによって生じるダウンフォースはどうやら空力的な効果などではなく、ウイング自体の重さによってもたらされるものらしい。

このような事実を考慮すれば、そもそも標準のミニ自体に306PSを扱えるポテンシャルがあるということになる。しかしそんなことはない。ありえない。昔サーブの技術者が言っていたのだが、前輪駆動車は200馬力以上をまともに扱えないそうだ。実際、サーブは220馬力のビゲンというじゃじゃ馬を発売し、身をもってそれを証明している。

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これは当時の自動車業界が抱えていた大きな問題だ。前輪駆動車は後輪駆動車よりも製造コストが安いので、サーブ含めあらゆるメーカーがFF車ばかり開発していた。しかし、駆動と操舵の2つの仕事を前輪のみに任せると、高性能なエンジンは手に負えなくなってしまう。

どんな技術を使っても、高出力なFF車でアクセルを踏み込めば、前輪が不安定になってしまう、いわゆるトルクステアが生じた。トルクステアはただ鬱陶しいばかりでなく、ときに危険ですらあった。そのまま木に衝突し、トルクステアの危険性を認識するよりも前に死んでしまうこともあった。

BMWは高性能ハッチバックの駆動方式をFRにすることでこの問題を解決した。メルセデスやフォルクスワーゲンは4WDを採用した。ところが、ミニはどちらの手も使わなかった。カントリーマンに採用されている4WDシステムはニュルブルクリンクではなくジムカーナ向けに設計されているため、FFにこだわり、ただ上手くいくことを神に願うばかりだった。

そうして誕生した車はどんな出来だったのだろうか。バンを追い越そうとアクセルを踏み込むと、圧倒的な力によってステアリングが支配され、ドライバーには2つの選択肢が提示される。追い越しを諦めるか、事故を起こすか。

問題はトルクステアだけではない。田舎道を快適に走れるわけでもなければ、速く走れるわけでもない。低いサスペンションのせいでやたら飛び跳ねる。宝くじに当選したティガーを想像してもらえば分かるだろう。しかし同時に、イーヨーのように覇気がなく、進みたい方向に進んではくれない。この車に乗ってどこかへ行こうとしても、思った通りの場所には辿り着けないだろう。

街中も苦手で、ストップ・スタートの多い渋滞路では非常にギクシャクしてしまう。高速道路ではタイヤのせいで走行音がかなりうるさい。それに、JCWに限らずすべてのミニに言えることなのだが、スピードメーターに注意せず漠然と運転していると、気付けばとんでもない速度になっている。JCW GPの場合、最高速度が264km/hなので特に気をつけなければならない。そう、264km/hだ。ミニなのに。

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要するに、JCW GPは、過剰にパワフルで、過剰にうるさく、ルイス・ハミルトンの耳以上に装飾過剰で、渋滞では苛立たしく、高速道路は狂った犬のように走り、少しでも傾きのある舗装路面で加速しようとすると、墜落する飛行機以上に予測不能な挙動をする。そして同時に、今年乗ったどんな車よりも運転するのが楽しかった。

自動車業界は今、ベージュの時代と言ってもいいような状況にある。今の自動車は可能な限りエコで安全で実用的になるように設計されている。新型車が登場しても、それを祝福することなどできず、地球環境に対する罪悪感を押し付けてくる。活気も華やかさもなくなってしまった。そう思っていた。そんな中で登場したのがこの狂気的なミニだ。

歯科医院の待合室に10年間ずっと座っていたかと思ったら、そこが突然リオのカーニバル会場に変貌したかのような衝撃だ。突然、私の周りに色や音が生まれた。待合室の時計が時を刻む音を聞きながら、退屈まぎれに2年前の住宅情報誌を読んでいたはずなのに、眩い有彩色の山車から華やかなサンバが聞こえてきた。

しばらく運転していると、アクセルを踏み込んでも大丈夫な道路を見分けられるようになった。低速でのギクシャク感を解消するためにはスピードを出せばいいということに気付いた。この車は優等生なんかではない。ステアリングは俊敏じゃないし、変速も素早くはない。これは物理学を学ぶための教科書などではない。この車はただ楽しむためだけのものだ。本ではなく、漫画だ。

車内の居心地の良さも気に入った。ミニでありながら着座位置はかなり低く、ダッシュボードを下から覗き込むような姿勢を取ることができる。なにより、ミニには多種多様なバリエーションが存在するのだが、そんな中でも間違いなくJCW GPが最も速い。

まだ最大の魅力に触れていない。他のメーカーがこのような特別仕様車を発売する場合、とんでもない価格設定にすることが多いのだが、ミニJCW GPは35,500ポンド未満で購入できる。この10倍以上する車よりもよっぽど楽しめることを考えれば、コストパフォーマンスは抜群だ。