Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、BMW M550iのレビューです。


M550i

コロナウイルスに感染するなら今がチャンスだ。たとえ元気だったとしてもどこにも行くことができないのだから。

愚かにも私は12月22日にコロナに感染してしまったので、クリスマスにも大晦日にも参加できず、毎年近所の子供達のために開催しているゲーム大会もできなかった。それに、新しく購入したベントレーにも乗れなかった。

2020年の夏はベントレーのセールスマンから散々接待を受けた。きっと彼らはブリティッシュ・エアウェイズの客室乗務員から接客技術を学んだのだろう。レザーや木目の素材を選ぶ私に愛想良く対応し続けた。

7ヶ月間の納車待ちの末、新車のフライングスパーV8が私の元へとやってきた。私は庭を駆け回ってベントレーの到着を喜んだ。私の祖父もベントレーに乗っていた。私がベントレーを購入したことを知ったら、きっとおじいちゃんも喜んでくれるだろう。

しかし、ベントレーを運転することはできなかった。それどころか、階段すら降りられなくなってしまった。寝室の窓際に腰掛け、ピカピカだった大径ディスクブレーキがどんどん錆びていくのを眺めていることしかできなかった。ベントレーは悲しんでいないだろうか。新しい家に到着したのに、ご主人様はまるで見向きもしてくれないのだから。フェラーリを買っても空港の駐車場に5年間放置する中東人に買われたかのように。

尿瓶溢れる自室からようやく出られるようになる頃には、外出したくてたまらなくなっていたのだが、タイミングが悪いことにその頃は3度目の大規模ロックダウンの時期だった。それまで自宅に閉じ込められていた私は、歩く抗体になったにもかかわらず、再び自宅に閉じ込められることになった。

rear

幸い、村の商店に新聞や牛乳を買いに行くことは許されていたのだが、そんな些細な用事のためにベントレーを使うのは憚られた。ジャージー島にスペースシャトルで行くようなものだ。それに私のレンジローバーはターボチャージャーの交換のために入院中だったので、試乗用に貸し出されたまま2週間放置されていた車を使うことにした。

その車はダークブルーのBMW 5シリーズだった。フロントフェンダーにはMのバッジが装着されていたのだが、それに意味などない。今やBMWはありとあらゆる車にMのバッジを装着している。BMWのミュンヘン本社に行けば、トイレットペーパーにもMのバッジが付いているはずだ。

案の定、スタートボタンを押しても、ウェールズ議会の交通安全対策会議と同じくらい退屈な音が響くだけだ。そしてシフトレバーを2回手前に引けば車が前に進む。手に握ったステアリングには有り難いことにヒーターが付いていたのだが、この車には他に何もない。

買い物を終えて車に戻ったとき、トランクにM550iと書かれていることに気付いた。しかしこの数字にも意味はない。昔は、1文字目の数字が車種を表し、2文字目と3文字目がエンジンの排気量を表していた。たとえば、325は2.5Lエンジンを搭載する3シリーズで、730は3.0Lエンジンを搭載する7シリーズだ。しかし、今のBMWは2文字目と3文字目の数字を気まぐれに決めている。

それを証明するため、私はアクセルを踏み込んでみることにしたのだが、「それ見ろ」という言葉が私の口から出ることはなかった。この車は静かで穏やかながら、まるでトールハンマーで突かれたかのごとく怒涛の加速を見せた。先代のM5も速かったが、これはそれすらも上回る速さだ。

調べてみると、搭載されているのは4.4Lのターボエンジンで、音はほとんど立てずに最高出力530PSを発揮し、8速ATを介して四輪すべてに駆動力が伝えられる。

圧倒的な出力と四輪駆動システムがあるからこそ、あれだけの加速を見せてくれたようだ。それ以降の天気は冬らしい獣のような荒れっぷりだったので、しばらくベントレーは家に置きっぱなしにしてこの驚異的なBMWばかりに乗っていた。

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これは新型M5が登場するまでの穴埋め的な車などではない。正直なことを言うと、きっと新型M5はM550iの快適性を犠牲にして騒音を追加しただけの車になるだろう。

すぐに粗探しを試みたのだが、何も見つからなかった。私は最近のBMW製高性能車のステアフィールはあまり好きではない。先代M3は特に酷かった。しかし、このM550iのステアリングは攻めたいときにはクイックになり、そうでないときはソフトだ。乗り心地やハンドリングも同様で、モード変更スイッチなど操作せずとも、ワインディングでは俊敏に、高速道路では穏やかに走る。

シートは完璧だし、着座位置も完璧だし、インフォテインメントシステムを操作するためにビル・ゲイツを雇う必要もない。ヘッドライトはノリッジからエクセターを照らせるほど明るく、リアシートは広大で、トランクはリンカーン・コンチネンタルよりも広い。

外見にはまったく派手さがないので、パンデミックの中を走り回ろうと誰にも気付かれない。アウディやメルセデスも似たような車を作ってはいるのだが、巨大なホイールアーチを纏い、騒々しく音を立てる。一方、BMWはその内包する力を外からはまるで感じない。私はそういう車が大好きだ。

5シリーズにはさまざまなモデルが存在する。ディーゼルもプラグインハイブリッドもあるし、低級モデルにすらシロクマに優しいハイブリッドシステムが付いている。しかし、環境性能について説法するのが好きなら話は別だが、5シリーズ最高のモデルは欠点がなく圧倒的な性能を持つこのM550iだ。

そうはいっても、この5シリーズとのお別れはむしろ嬉しかった。なにせようやく新しいベントレーに乗れるのだから。昨日は郵便局まで行ってきた。今日はジャムを買いにバーフォードまで行く予定だ。ああ、なんて時代になってしまったんだ。