Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・トゥアレグRのレビューです。


Touareg R

車を選ぶとき、合理性に基づいて判断する人間などいない。昔、息子がフィアットを購入したのだが、その理由は当時チェルシーの監督がイタリア人だったからだ。私が息子くらいの年にフォードを買ったのは、父親がフォードに乗っていたからだ。1950年代に死んだアルゼンチン人がアルファ ロメオに乗っていたからアルファを選んだという男も知っている。

大型SUVの購入基準に合理性を持ち出すのは無意味だ。そもそもSUVを買うこと自体、社会主義やヴィーガンと同じくらい不合理だ。元来SUVを購入する理由などほとんど存在せず、普通のセダンやステーションワゴンを買ったほうが良いはずだ。SUVよりセダンやワゴンのほうが速いし、経済的だし、環境に優しいし、快適だし、事故回避能力も高いし、運転も楽しい。

もちろん、中にはSUVが必要な人もいる。私もその1人なのでレンジローバーを購入した。ただし、レンジローバーは信頼性が低い(私の所有する個体はそうでもないのだが)ので、私の選択も合理的とは言えない。合理的に選ぶなら日本車のピックアップトラックを選ぶべきだったのだろうが、周りの人間からアメリカ人と同類に見られたくはない。

レンジローバーよりも合理的なSUVがないかずっと探しているのだが、これまでに1台として見つけられなかった。ランボルギーニやロールス・ロイスのSUVで狩りに行く人間などいないだろうし、7人乗りの学校送迎車として優秀なXC90も泥道をまともに走ることすらできない。

ランドローバー・ディフェンダーはレンジローバーと同等の実力を持つのだが、結局価格はレンジローバーと大差ない。ベントレー・ベンテイガはマイナーチェンジでましになったものの依然として不恰好だし、泥だらけの靴でベンテイガに乗り込むのは、土足のままベッドに入るようなものだ。

メルセデスのゲレンデヴァーゲンはどうだろう。そんなものを買ったらコカインの輸入業者だと思われてしまう。ポルシェ・カイエンはバボラが作った工具のような車だし、Q8はウラカンが買えない人のための車だ。X5はBMWの開発陣がマーケティング部門に言われて渋々ながら片手間に開発したような車だし、アストンマーティン DBXはほとんどの人が忘れているだろうし、実際忘れたほうがいい。

そうやって検討すると自ずとレンジローバーを選ぶことになり、自分のもとにやってくるレンジローバーが金曜の午後ではなく月曜の午前に製造された個体であることを祈るしかなくなる。

rear

真面目な話、レンジローバーの代わりになる車を探すのは、フランスの代わりになる旅行先を探すのと同じくらい難しい。ギリシャの天候やスペインのバーの良さについてどれだけ語ったところで、結局旅行先に選ばれるのはフランスだ。フランスならば車で行くこともできる。そう、レンジローバーで。

なので、レンジローバーの代替など存在しないと諦めていたのだが、そんな折、フォルクスワーゲンから新型トゥアレグの試乗車を借りることになった。トゥアレグは武装した傭兵集団の名前を冠した唯一の車だ。車にセンデロ・ルミノソという名前を付けるようなものだ。

にもかかわらず(というより、それゆえにかもしれないが)、私はトゥアレグが好きだった。大昔、トゥアレグにはV10の5Lエンジンを搭載した、木を根こそぎ刈り取れるようなモデルがあった。私はこのモデルが特に好きだった。しかし、トゥアレグはレンジローバーよりも格下であり、選択肢には入らなかった。これまでは。

私が試乗したトゥアレグRはフォルクスワーゲン史上最強のモデルだ。今、我々が生きているのは不合理な時代なので、トゥアレグRも環境に配慮した設計となっており、動力源を2種類搭載している。ひとつは3.0LのV6エンジンで、もうひとつは135PSの電気モーターだ。たくさんの部品を使えば、当然製造時の環境負荷も増えるし、輸送時の負荷も増えるはずなので、環境に優しいはずなどないのだが、そんな現実など誰も気にしない。ルールを決めるのは市民ではなく、市民が選挙で選んだサディク・カーンだ。

14.3kWhのバッテリーのせいで荷室は狭くなっている。バッテリーの充電はエンジンによる発電だけでなく、コンセントからも行うことができる。そして、バッテリーが空になるまで、ごく短い距離を電気だけで走行することができる。

ともかく、ハイブリッドシステムの馬鹿馬鹿しさは無視して、ゴルフGTIよりも速いトゥアレグRの実力を見てみることにしよう。

音は随分と大人しい。パドルシフトを操作しても、レッドゾーン付近までエンジンを回しても、聞こえてくるのはちょっとした鼻歌だけだ。それに乗り心地は美しいほどに落ち着き払っている。その走りはまるで高級セダンのように優雅だ。

interior

車内の居心地も良い。インテリアはただ上質なだけではなく、車内でハンマー投げ大会を開催しても何も壊れなさそうなほど頑丈そうに感じた。

唯一の不満点は巨大なタッチスクリーンだけだ。こういったシステムは物理ボタンよりもコストを下げることができるので、自動車開発の予算会議では喜ばれるのだろうが、場合によっては事故を誘発しかねない。車の機能を増やせば増やすほど、メニューの階層はどんどんと深くなり、それだけ運転に集中する時間が減っていくことになる。

安全運転推進団体「IAM」が2020年に行った調査によると、タッチパネル操作によりドライバーの反応時間は57%遅れるそうだ。つまり、運転中のタッチパネル操作は運転中のマリファナ使用よりも危険ということだ。

ただ、タッチパネルはトゥアレグの購入をやめる理由にはならない。今やほとんどの競合車がタッチパネルを採用している。そしてそれ以外にもトゥアレグを選ばない理由などない。ハイブリッドどうこうも関係ない。なにせ、この車は最高出力が462PSもあるのだから。

まだトゥアレグRの最大の魅力に言及していない。私は豚用の牛乳や野菜を運搬するためにこの車を使用したのだが、大雨のあとの泥だらけの道を、低扁平のサマータイヤで何の苦もなく走り抜けることができた。この車はタッチパネルの付いた自称エコカーでありながら、正真正銘のオフロードカーでもあるようだ。

それだけではない。この車はフォルクスワーゲンなので、フォルクスワーゲンなりの価格設定に抑えられている。しかしその基本設計はポルシェやベントレーとほとんど変わらない。つまり、タイメックスの価格でカルティエが買えるということだ。

ただし、最初に書いた通り、車を選ぶときに合理性に基づいて判断する人間などいない。つまり、レンジローバーの代わりにトゥアレグを購入する人間など存在しない。それは私も例外ではない。