Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
環境問題の解決において問題となるのは政治家の姿勢だ。政治家は長期的な実績を残して後に歴史の教科書で評価されるより、短期的な実績で今すぐに評価されたいと考えている。だからこそ、世界は内燃機関の撤廃に躍起になっているのだろう。イーロン・マスクに魅了された政治家は、環境保護団体からの支持を得るため、さまざまな策を講じている。
いずれの政策も、一見すると素晴らしいもののように思えるのだが、実際は問題が山積している。たとえば、風力発電はディーゼル発電機の併用が必要になることがあるし、地熱暖房は短期的にはほとんど効果がなく、長期的に見るとまったく効果がない。
電気自動車ビジネスもそうだ。最近、EVのスポーツカーを運転したのだが、見た目も走りも素晴らしく、想像を超える速さだった。しかし、EVのバッテリーに使われる材料の採掘では児童労働が横行しているし、そもそも、iPhoneのバッテリーが劣化したらどうするかを考えてみてほしい。そんなものは捨てて新しいiPhoneを買うはずだ。10万ポンドの車でも同じことをする時代が来ようとしている。
そんな未来を懸念しているのは私だけではない。プジョー、シトロエン、オペル、ヴォクスホールのCEOであるカルロス・タバレスも以下のように語っている。
「誰も未来のことなど予測できないはずだ。欧州政府は現在、ガソリン車とディーゼル車から年間4480億ユーロの税収を得ている。誰もが電気自動車に乗るようになったら、代わりにどこから財源を得るつもりなのだろうか。」
彼は電気自動車の価格についても懸念を示している。自然食品が普通の食品よりも高価なのと同様に、たとえ技術が進もうと電気自動車は内燃機関車より高価になるだろう。そうなると、低所得者が自家用車を保有できなくなってしまうかもしれない。
これは序章に過ぎない。彼は移動手段の激変によってインフレが起こると予測している。そして欧州各国は十分な充電インフラを整備することができず、休日の朝に気まぐれに海辺にドライブなんてことは不可能になってしまうかもしれない。
それに、もし我々が電気自動車の未来へと一直線で進んでしまうと、10年後、20年後に電気自動車よりも有望な移動手段が登場したときに問題が発生する。
そんな話から私が連想したのが水素燃料電池車であるトヨタのMIRAIだ。MIRAIは一見すると車のように見えるのだが、実際は車の形をした発電所だ。
ガソリンを入れるようにタンクに水素を充填することができ、アクセルを踏めば車は音も立てずに走り出し、テールパイプからは水しか出てこない。さらに未来を見れば、車から家へと電力を供給できるようになるかもしれない。大豪邸だろうと家の電力すべてを賄うことができ、それでもテールパイプから出てくるのは水だけだ。
メカニズムは単純だ。水素は宇宙で最も多い元素なのだが、水素は単独でいることを好まず、他の元素(主に酸素)と一緒になりたがる。
それを応用したのが燃料電池だ。水素をチューブに通し、膜を介して反対側に酸素がある状態を作り出すと、水素は酸素を感知し、18ヶ月間監禁されていた思春期の少年のごとく必死になる。結合したい。交尾したい。そんな欲求から水素は電気を作り出す。すると車が動き出し、水素と酸素の結合によって生まれるのは…H2Oだ。
素晴らしい話じゃないか。ところが残念なことにイギリスには水素ステーションがほとんど存在せず、しかもその多くはどういうわけか休業中だ。なので、たとえ6万3000ポンドのMIRAIを購入できたとしても、どこに行くこともできない。
普及すればコストが低下すると予想する人もいるだろうが、実際はどうだろう。誰もが電気自動車に乗っているであろう未来で、どうして水素ステーションが増えるのだろうか。
しかしそんな未来は間違っている。無理にEVを普及させようとするのは、インターネットの技術があるにもかかわらず、レーザーディスクを普及させようとするようなものだ。そんな馬鹿げたことを先導しているのは誰だ。そう、政府だ。少し前まで我々にディーゼル車を購入するように唆していた張本人じゃないか。
苛立たしくてしかたない。我々が進むべき道は燃料電池のほかにないはずだ。トヨタがMIRAIを開発し、世界の流れに逆らっているのは素晴らしいことだ。ただ、建機メーカーのJCBで働く技術者と話をして、考えが揺らいでしまった。
燃料電池が十分な性能を出せないときの穴を埋めるため、MIRAIにはバッテリーが搭載されている。それを知ったとき、私はMIRAIが思ったほど理想的な車ではないと感じたし、悲しさすら覚えた。

他にも、燃料タンクが高圧でなければならないことなど、問題はたくさんあるようだ。JCBはそんな問題を解決するために、水素を燃料とするエンジンを開発しているそうだ。
私はJCBの新型建築機械がテストされているという採石場へと赴いた。静かで排出ガスを出さない屋内用の小型電動掘削機もあったし、燃料電池で動く20トンの巨大ショベルカーもあった。そしてもう一台が水素エンジンを搭載したショベルカーだった。
実際に乗ってみたのだが、何の違和感もなかった。音も普通で、触媒コンバーターが登場する前のエンジンと同じくらいエンジンらしい音だった。にもかかわらず、排気管から出てくるのは水蒸気だけだ。なんとも興味深い技術だ。
内燃機関には100年以上の歴史がある。慣れ親しんだ技術であり、信頼性も高く、低コストな製造技術も確立している。フィエスタに搭載されている1.4Lエンジンの製造コストはわずか600ポンドだ。そう考えると、水素で動く内燃機関を普及させるのが最善なのではないだろうか。
確かに水素の製造は難しく、コストも高い。水素は酸素との結合力が強く、無理に引き剥がそうとしてもかなり抵抗してくる。とはいえ、不可能なわけではないし、太陽光や地熱を用いれば実質環境への影響はゼロだ。
同じことを考えているのはなにも私だけではない。2021年のはじめにトヨタ自動車の豊田章男社長が水素エンジンを搭載したカローラで24時間レースに出場した。トヨタは燃料電池の開発に何十億ポンドと投資しているはずなのだが、社長はそれすらも否定しているようだ。

我々もそれに続くべきだ。自動車業界では何十万の技術者が働いているが、どの政府も技術者の意見などまったく参考にしていない。政府が耳を傾けているのはスウェーデンの女子学生が発する騒音だけだ。
我々には変化が必要だ。それは間違いない。しかし、電気自動車の道を選ぶのはリスキーだ。一度立ち止まって、自動車について理解している人間の意見に耳を傾けるべきだ。
auto2014
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