Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、キア・スティンガー GT Sの試乗レポートです。


Stinger GT S

私の予定表は濡らしたバスタオルと同じくらいずっしりと重い。私の知る限りのあらゆる人間がこぞってパーティーを計画したかのごとく予定が埋まっていく。パーティーと言っても数人の友人で集まってワインを飲むような会ではない。気付けば月曜日を通り越して火曜日になっているような大酒宴だ。

聞くところによると、今年は既に220隻ものスーパーヨットが売れており、私の住む地域には雨後の筍のごとく豪邸が建っている。このままカリブ海への旅行がグリーンリストに入れば、ブリティッシュ・エアウェイズは退役させた747を復活させなければならなくなるだろう。

我々が向かっているのは決してニューノーマルなどではなく、ニュークレイジーなのではないだろうか。これからの時代はひょっとしたら、狂騒の20年代すらも上回る狂気を見せるのかもしれない。願わくば、グリーンでヴィーガンでジェンダーニュートラルに向かう流れもその勢いで立ち消えてほしいところだ。

もちろん、鳥のさえずりを聞きながらケールだけを食べて生きていきたいと思うこともあるだろう。けれど、それを実行に移すことはない。なぜなら、本心の本心でやりたいことは、ギリシャの島に行って、ひたすら飲んで、ひたすら浪費して、ひたすら寝ることだからだ。

国民には自分の本心としっかり向き合ってほしいし、ボリス・ジョンソンは2030年までにガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンを搭載する車の販売を禁止するなんて無謀な計画を撤回するべきだ。

私は別に電気自動車を否定しているわけではない。車に興味のない人やブライトン(狂人が治める狂人しかいない街)に住んでいる人が日産 リーフやその他のタイヤの付いた電子レンジを乗り回そうと構わない。けれど、私に電気自動車を押し付けようという考えはおかしい。乗馬の愛好家に愛馬を殺して自動車に乗ることを強制するのと何が違うのだろうか。

内燃機関禁止計画の影響は既に出ている。禁止されようとしている技術に投資する自動車メーカーがどこにあるだろうか。

rear

キア・スティンガー GT Sを見ても分かる。この車は最近小改良されたのだが、厳しい排ガス規制の影響で従来型よりも最高出力が4馬力低下している。走り出すと、グレタ・トゥーンベリがエンジンに手を加えたという事実に苛まれる。ただ幸い、それでも十分に速くて楽しいので、従来型との違いは実際のところ分からない。

いずれにしても、読者はそんなことに興味を持たないだろう。この記事を読んでいる時点で車好きであることは間違いないだろうし、そんな人間がキアの車に4万ポンド以上払おうとするとは思えない。この価格帯で速いスポーツセダンが欲しいなら、アウディのS5スポーツバックやBMW 4シリーズを選ぶだろう。私だってそうする。それにキアは燃費が悪く、CO2排出量も多いので維持費も高くなってしまう。

けれど、その走り、そして居心地はかなり気に入った。特にドアを開けるたびにオペラ調の音が流れるのが嬉しい。車に乗り込むたび、なにかの授賞式で表彰台に向かっているような気分になる。

私はこういう仕掛けが大好きだ。実際、自宅の門に大型スピーカーを設置し、開閉するたびに『歓喜の歌』が流れるようにしたいと考えている。家に帰るたびにいい気持ちになれるし、EU離脱派の知人が通るときに威圧することもできる。

ただし、スティンガーが発する音には不快なものもある。特に厄介なのが車線逸脱警報で、オフにするためにはいちいち足元に潜り込んでスイッチを押さなければならない。車に走る場所を指図されるなど、到底我慢ならない。

スティンガーは燃費が悪く、警告音は押し付けがましいし、まだ言及していなかったがリアのデザインは奇妙だ。しかも、4万ポンドのキアを買うのは、4万ポンドかけてフィリーに旅行にいくようなものだ。けれどそれでも、スティンガーは良い車だ。

interior

トランスミッションはそれほど機敏ではない。マニュアル操作で変速しようとすると、ワンテンポ遅れて変速するようなことがよくある。車重が重いのも悪い方に影響している。ただ、こんなのは取るに足らない欠点でしかない。

車内は作りがしっかりしており、装備も充実している。苛立たしいことにステアリングには戦死(killed in action)の略語が書かれているのだが、インテリアはレクサスと同じくらいに上質だ。

快適性も高い。高性能FRスポーツセダンという括りの中で話しているわけではない。どんな基準で見てもこの車は快適だ。ひょっとしたら、あまりに重いので路面の不整すらも均しながら走っているのかもしれない。

しかし、そんな重さを感じさせないほどスティンガーは速い。アクセルを踏み込むとターボチャージャーと大排気量V6エンジンが協力して隠されたパワーを発揮する。引き潮に巻き込まれるような感覚だ。

その性能を支配できるはドライバー自身だけだ。走行モードをいじっても何の意味もない。どのモードにしても違いはないので、ずっとスポーツモードのままにして笑っていればいい。フロントエンジン・リアドライブの最高のバランスを楽しめばいい。エンジンとトランスミッションが奏でる音に聴き惚れればいい。キアのバッジが付いているので、警察に気付かれることもないだろう。誰かに妬まれることもない。

イギリス市場でスティンガーは数百台しか売れていない。なぜなら、イギリス人は他人に妬まれたがる人種だからだ。しかし、見栄の意識が少ない非先進国であるアフリカや東南アジア、そしてアメリカではそれなりに売れているようだ。そういった国の人達も、この車に乗れば「車の楽しさ」を理解することができる。それだけでも、この車に敬意を払うべきだろう。


The Clarkson Review: Kia Stinger