Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フェラーリ 812 GTSの試乗レポートです。


812 GTS

トルコGPでルイス・ハミルトンが7度目のF1優勝を決めたあと、マイクに向かって彼が話したのは吐き気がするほどの綺麗事ばかりだった。

「どんな困難にぶつかったとしても、頑張れば夢を叶えられる」なんて子供へのメッセージは嘘だ。どれだけ頑張っても、アリシア・ヴィキャンデルと付き合えるわけではない。

ルイスは涙を流すふりをしてしばらく言葉を止め、人種差別問題や持続可能性についてもっと考えてほしいと話した。そしてヴィーガン犬とともにその場を去っていった。

彼の飲むミネストローネには当然のように代替肉が使われているのだが、どういうわけかワインは普通に飲んでいた。そんな態度を見た私の友人の息子は「なんて馬鹿な男なんだ」と話していた。

そう考えるのは彼だけではない。フェルナンド・アロンソが優勝したときは地元の人たちがフェルナンドの実家に集結し、大歓声を上げた。しかし、ルイスが優勝しても彼の地元のスティーブニッジは何も反応しなかった。

13年前に初めてルイスに会ったとき、彼は魅力的で礼儀正しい好青年だった。それに彼は間違いなくドライバーとしても優秀だ。歴史上でもトップレベルのドライバーと言っていいだろう。統計的にもそうだろうし、実際多くの人がそう考えている。

別にF1ドライバーの優劣について詳しく議論するつもりはないので、話題を変えよう。トルコで表彰台に立ったのはルイス・ハミルトン(35)、セルジオ・ペレス(30)、セバスチャン・ベッテル(33)の3人だ。そこにいたのは血気盛んな20代の若者でもなければ、酸いも甘いも噛み分けた40代でもなかった。

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そもそも、我々が求めているものはなんだろうか。トラブルから逃れるために日和る中年だろうか。無謀な挑戦をしてそのまま自爆する若者だろうか。私自身、果敢に突き進む若者を応援する気持ちもあったのだが、気付けば私はベッテルを応援していた。

個人的にベッテルが好きだということも関係している。彼はかなり面白い男だ。フェラーリの契約解除が決まってからは可能な限り車にダメージを与えながら走るようになった。しかも、傷付けるのはウイングのように簡単に修理できる部分ではなく、しっかりと車の骨格にダメージを与えた。

私は今のフェラーリが嫌いなので、彼の行動を見てすっきりした。結局、フェラーリはメルセデスやレッドブル、マクラーレン、レーシングポイントどころか、ルノーにすら負けた。要するにフェラーリの優秀な人材は市販車開発に回っているということだろう。

それゆえ私は、フェラーリが50年ぶりに生み出したV12のコンバーチブル、812 GTSに期待を抱いていた。812 GTSは狂気的で出力過剰な812スーパーファストのデチューン版だと予想していた。ところが実際は、812スーパーファストに複雑な折り畳みルーフを付けただけのモデルだった。

昔なら、そんな複雑性を喜んでいたかもしれない。しかし冷静に考えてみると、やっていることは複雑怪奇なストリップでしかなく、街中で屋根の開閉をする気になどなれない。マイアミやドバイならいいかもしれないが、チェルトナムではどうだろうか。

理解できないのはそれだけではない。スタイリングもだ。確かに目立つ見た目ではあるのだが、美しいとか魅力的という言葉は使えない。特にリアエンドは奇妙としか言いようがない。それにインテリアは滅茶苦茶だ。あちこちにダイヤルやスイッチが散乱している。ライトをハイビームにする方法すら分からなかった。

そもそも、こんなにパワーは必要ない。霧雨の降る寒い日にお気に入りの道に出掛けたのだが、アクセルを2cm以上踏むことはなかった。293,000ポンド払って、800PSの6.5L V12エンジンを積んだ車を買っても、その性能を発揮する機会など存在しない。怖くてそんなことできるはずがない。

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ルーフを開くと状況はさらに悪化する。風は室内にほとんど入ってこないのだが、崖から落ちる熊の胃の中にいるかのような気分になる。最高出力を300馬力程度に抑えればずっとまともな車になるだろう。これは冗談なんかではない。大真面目な話だ。

ハンドリングなど分かるはずがない。ちょっとでも冒険した運転をしようとすればトラクションコントロールのライトが点灯してしまう。やろうと思えばトラクションコントロールをオフにすることもできるし、レースモードを選択することもできる。しかし、そんなことをすればベッテルのようにフェラーリを破壊し尽くしてしまうだろう。

フェラーリを欲しがる人がいるのは分かる。私自身にもそんな時代はあった。けれど、あまりに巨大であまりに重く、そして馬力がありすぎる812 GTSという車を欲しがる人がいるとは思えない。オープン状態で340km/h出したいと思う人間がどこにいるのだろうか。

より小さく、より穏やかで、より合理的なV8のローマのほうがずっと魅力的だと思う。オープンカーが欲しいならポルトフィーノを選べばいい。2台とも車名はイタリアの地名に由来しており、響きも良い。アストンマーティンには真似できない。「アストンマーティン・ドンカスター」なんて名前に魅力はない。「メルセデス・ベンツ デュッセルドルフ」なんて車を欲しがる人などいないだろう。

近い将来、フェラーリはルイス・ハミルトンに由来する名前の車を登場させるかもしれない。ナイトの爵位を与えられるくらいの男なのだから、そうなるのも必然だろう。ただし、そこから発される音は耳障りかもしれない。