Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、メルセデス・ベンツ S500 4MATICの試乗レポートです。


S-Class

自動車の進化の歴史において重要な新技術はほとんどがメルセデス・ベンツのSクラスから始まっている。

ルノーはオーディオの音量調節スイッチをステアリングコラムに配置したことがある。クライスラーは客席の付いたバンを生み出した。オースチンは四角いステアリングを発明した。ランチアはV型4気筒エンジンを生み出した。

ジェンセン FFに初めて装備されたABSはまったく使い物にならなかったのだが、Sクラスには初めて使い物になるABSが装備された。Sクラスは他にも、シートベルトプリテンショナー、スタビリティコントロール、インテリジェントクルーズコントロール、二重ガラス、ハンズフリーフォン、気筒休止システムを初めて装備している。Sクラスという車はずっと、未来を映す鏡であり続けた。

なので私は、新型Sクラスに試乗するのをずっと楽しみにしていた。5年後のプジョーやヴォクスホールの大衆車がどうなるのか、新型Sクラスに乗ればきっと分かるだろう。乗員の老化現象を抑えるエアコンが付いているのだろうか。それとも、ちょっとした骨折くらいなら治してくれる医療システムが付いているのだろうか。

しかし、新型Sクラスに装備されていたのは大量のまやかしばかりだった。1ポンドショップで売られている商品が大量に装備されているかのような様相だった。

良い例がヘッドアップディスプレイだ。最近の車にもこういう装備は付いているのだが、メルセデスは独自性を出すためにありとあらゆる情報を表示するようにした。速度や進行方向、地図、敵の位置情報、ミサイル情報などが表示され、厄介なことに1km/hでも制限速度を超えるたびにインジケーターが赤く点滅する。まるでレーザー光線の嵐の中で運転している気分になる。

もちろん、好みに応じて表示を変更することもできるし、完全に表示をオフにすることもできるのだが、そんな調整をしている暇はない。その前に白線に近付くたびに介入してくる車線逸脱防止システムをオフにしなければならないし、当然アイドリングストップシステムも無効化する必要がある。

rear

これらの機能をオフにしなければ心を落ち着けて運転することなどできないのだが、走行中にオフにするためのスイッチを見つけるのは不可能だ。これこそHUDをオフにするスイッチだろうと自信満々に操作してみたところ、それはパーキングブレーキスイッチだった。後続車のドライバーはさぞ驚いたことだろう。

シフトレバーにも問題がある。最近のメルセデスはどれもそうなのだが、ギアセレクターはステアリングコラムから生えている。しかも新型モデルのギアセレクターは従来のような太いものではなく、反対側のワイパースイッチと同じ細さになっている。おかげで左折しようとするたびにニュートラルに入れてしまった。やはり後続車のドライバーはさぞ驚いたことだろう。

乗りはじめて数分でこの車に対する強い憎悪の念が生まれた。なのでダッシュボード中央にあるテレビと同じくらい大きなディスプレイに触れる気にもなれなかった。運転中にタッチスクリーンなど操作すれば確実に事故を起こしてしまうだろう。

この車は自動で駐車してくれるだけでなく、自分で駐車場の空いているスペースを見つけ出してくれる。街中や高速道路では車が自分で操縦してくれる。前方の交通状況を認識し、適切に対処することができる。車道に飛び出してきそうな歩行者に向けてライトを照らしてくれる。そしてドアハンドルを格納することもできる。

他にも書ききれないほど機能はあるのだが、いずれも自分好みに設定できるため、メニューは相当に複雑で、適切に操作するのはモンゴメリー・スコットとビル・ゲイツの間に生まれた子供でも難しいだろう。

厳しい環境規制に対応するため、開発陣は顕微鏡を使って必死に軽量化し、1グラム単位どころか0.1グラム単位の軽量化まで気を配っている。その結果、新型Sクラスは旧型よりもかなり大型化しているにもかかわらず、車重は2トンをわずかに超える程度まで抑えられている。

しかし、そのせいか新型Sクラスには重厚感が足りない。決して薄っぺらいわけではないのだが、Sクラスらしいソリッドさは感じられない。もちろん、新型Sクラスで事故に遭ったとしても、乗っている大切な人をしっかりと守ってくれることだろう。けれど、運転しているときの安心感は足りない。どこか空虚な感じがする。

interior

ただ幸いなことに、乗り心地はかなり良い。コンフォートモードの場合(こんな車で他のモードを選ぶ人がいるのだろうか)、ハイドロニューマチック時代のシトロエンのように道路の段差に対処してくれる。これと比べるとベントレー・フライングスパーがスケートボードに思える。静粛性も高く、不気味なほどに静かだ。これは遮音発泡剤の恩恵らしいのだが、本当は魔法を使っているのではないだろうか。

エンジンなど誰が気にするだろうか。どのエンジンを選ぼうと、きっと最高の滑らかさと高い環境性能を両立しているはずだ。4WDも付いているらしいのだが、そんなことはどうでもいい。四輪操舵も設定される。きっと1ポンドショップの棚にあったから装備されたのだろうが、これは同乗者を酔わせるだけの代物だ。ただ幸い、イギリス仕様車には四輪操舵が装備されないらしい。

このあたりで走行性能の評価に移りたいのだが、正直に言うと運転には集中できなかった。メーターに表示される3Dのボールにずっと気を取られていた。アクセルから足を離すとボールは緑色になって手前に転がってきて、アクセルを踏むと赤くなって奥へと転がっていく。これにどういう意味があるのかは分からない。

音声認識を使って車載人工知能にこの意味を聞いてみたのだが、そもそも私の言葉をまったく認識してくれなかった。

もちろん、この車のオーナー(あるいはオーナーを後ろに乗せて運転する人)になれば、きっと操作にも慣れるだろう。歯の痛みに慣れるのと同じだ。しかし、こんなシステムに慣れたいとは思わない。5年後になっても、この車の革新性が理解できるとは思えない。