Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、プジョー e-208の試乗レポートです。


e-208

テスラをはじめ、ジャガーやポルシェ、BMWなどが販売している電気自動車の問題点は、自動車として開発されているところにある。当然ながらEVは自動車ではない。あくまで補助的な移動手段に過ぎない。

作ろうと思えば、泥棒に向かって吠え、寒い日には暖炉のそばに寄るようにプログラムされた電動の犬を作ることはできる。しかしそれは本物の犬なのだろうか。日常的にじゃれついて、一緒に散歩に行こうと思うだろうか。まさか。

辞書によると、自動車 (car) とは「路上を走り、一般的には四つタイヤを装備し、内燃機関を搭載し、乗員を運搬することができる車」らしい。ここで鍵となるのが「内燃機関」だ。それを電気モーターに交換してしまえば、完成した物体はあくまでただの移動手段でしかなく、それは自動車ではない。

冷蔵庫には内燃機関など搭載されておらず、それゆえ自分の冷蔵庫に愛称を付けるような人間など存在しない。”What Fridge Freezer?”や”Performance Fridge Freezer”なんて名前の雑誌はこの世に存在しない。冷蔵庫を買い換えるときに悲しみの感情を抱く人間など存在しない。パブで冷蔵庫の最新技術について語り合うこともないし、週末にクラシック冷蔵庫について語り合う集会など開かれない。

エンジンは車の心であり魂だ。エンジンがあるからこそ、車に個性が生まれる。車からエンジンを取り除けば、残るのは抜け殻だけだ。

近い将来、人々は電動の抜け殻に乗って移動するようになるそうだ。そして車はかつて移動手段として使われていた馬と同じような運命を辿るらしい。マニア向けの玩具となり、普段は冷暖房完備の小屋に仕舞われ、天気の良い日だけ外を走るようになるらしい。

しかしそんなことはありえない。人々は環境問題への関心を高めており、しかもイギリスでは大量の補助金が交付されているにもかかわらず、イギリス市場で販売されているEVの割合はごくわずかだ。

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その理由は、メーカーがEVを普通の自動車のように作ろうとしているからにほかならない。しかし、そうやって作ると、価格は高くなるし、航続距離は短くなるし、そしてなにより問題なのが充電にかかる時間だ。私の友人はフランス南部でテスラを運転したそうだ。彼女は充電待ちの間ずっとカフェで過ごしていたのだが、おかげで目的地に到着する頃には体重が増えてしまったらしい。

EVは子供向けの黄色いジープ型の乗り物と同じように設計するべきだ。5km/hしか出せないならブレーキを装備する必要もない。幸い、シトロエンもその事実に気付いたようで、アミというモデルを発表した。このEVはパリの移動手段に革命をもたらそうとしている。

アミは車のふりをしていない。見た目すらも車とはまるで違う。アミはタイヤを4つ履いた箱で、内装は安ホテルでお馴染みのプラスチックが多用されている。

実際、フランス政府もアミを自動車とは扱っていない。四輪自転車 (quadricycle) と分類されるため、14歳でも原付免許を持っていれば運転することができる。安全性に関しては、当然ながらボルボ車と比べれば劣るだろうが、最高速度はわずか45km/hなので、事故を起こしても重症を負うことはないだろう。

価格は6,900ユーロで、航続距離は60km以上だ。短いと感じるかもしれないが、都市部の移動手段と考えれば、すなわち2人乗りの自転車と考えれば十分だろう。非常に賢明なアイディアだと思うし、これを思いついたシトロエンには称賛を贈りたい。

不思議なことに、シトロエンの姉妹企業のプジョーはEVが本物の自動車のようであるべきだという固定観念にとらわれている。そんなプジョーが生み出したのが、今回私のもとにやって来た試乗車、208のEV版だ。

208は小柄で見た目が良い。ひょっとしたらプジョーは205 GTIの復刻をしようとしたのかもしれない。しかし2点、大きな問題がある。

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ひとつ目の問題点は乗り込んですぐに分かる。どうしてプジョーはステアリング越しに覗けるメーターではなく、ステアリングの上にメーターを配置したのだろうか。おかげでステアリングがかなり低くなってしまい、脚と腕が干渉してしまう。かといって腕が楽になるようにステアリング位置を調整すれば今度はメーターが見えなくなってしまう。

ふたつ目の問題点は車の電源を入れた後に気付いた。スタートボタンを押すとメーター内に安全やら健康やらに関する注意事項が表示された。しかしそんなものは読めたものではない。そのとき私は老眼鏡をかけていなかったし、そもそもステアリングに邪魔されているので物理的に見えるはずがない。

それに、EVなので電源がちゃんとオンになったのかを聴覚的に理解することができない。同様に電源をオフにできたのかも分からない。にもかかわらず、パーキングブレーキをかけないまま車外に出ようとすると、この世の終わりのような警告音で聴覚を蹂躙する。

ともかく、電源をオンにして操作方法のよく分からないシフトレバーをドライブに入れれば、ようやく前へ進むことができるようになる。正直なことを言うと、走りは優秀だ。ステアフィールは完全に欠如しているのだが、路面の衝撃はしっかり吸収してくれるし、静粛性も高く、100km/hまで初代ゴルフGTIよりも速い8.1秒で加速できる。しかも、室内空間も荷室も広く、車内は居心地が良い。

ルノーやフォルクスワーゲン、ヴォクスホール(今はプジョーとまったく同じだが)なども似たような車を販売している。ホンダも同様の車を発売するのだが、航続距離が220kmしかないため、プジョーの350kmと比べても大きく劣り、勝負にならないだろう。では、この中でどれを選ぶべきだろうか。脚が細く、なにより見た目の良さを重視するならプジョーを選ぶべきだろう。

ただし、実際に購入する前に考えておかなければならないことがある。プジョーは精一杯誤魔化そうとしているようだが、ウェブサイトをじっくり見てみると、3,000ポンドのEV補助金を考慮しても価格は3万ポンドを超えてしまう。同等のガソリン車であればおよそ1万ポンド安く購入できる。

それに、EV用のバッテリーを製造するためにロシアやカナダの鉱業会社が環境を破壊している。酸性雨を引き起こし、河川を破壊している。そしてアフリカのコバルト採掘では児童労働まで行われている。

それでもガソリン車のほうが環境に悪いのかもしれない。それにガソリン車に乗れば意識の高い若者たちに冷笑される時代が来るのかもしれない。けれど少なくとも、ガソリン車を選べば本物の”車”に乗ることができる。


The Clarkson Review: Peugeot e‑208