Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・ゴルフGTIの試乗レポートです。


Golf GTI

最近、バンクシーの活動がまた注目を集めているようだ。彼がブリストルの民家の壁にくしゃみの絵を描けば、悪立地のウサギ小屋すらも500万ポンドの価値が付いた。そんなバカな。ウサギ小屋はウサギ小屋だ。

確かに壁には有名アーティストの作品が描かれているのだが、芸術品は家の中ではなく外にある。価値が急上昇するにしても、それは絵が描かれた家ではなく、その隣の家のはずだ。なにせ、そこからなら絵を鑑賞することができるのだから。

バンクシーの絵が描かれた家の持ち主は、浮浪者が壁にアルコールをかけて絵を消してしまわないかと不安な夜を過ごすだけだ。そんなことをされれば家の価値が470万ポンドも下がってしまう。つまりバンクシーが家主にもたらしたのは悪夢でしかない。

しかし不思議でならない。見ず知らずの人に芸術作品をプレゼントしているバンクシーだが、どうして家やら壁やらに絵を描くのだろうか。車に描いたらどうだろうか。

どうしてこんなことを思いついたかといえば、最近フォルクスワーゲン・ティグアンを運転したからだ。ティグアンは非常に合理的で作りが良く、細かいところまで配慮の行き届いた車だ。そして同様に配慮の行き届いた合理的で作りの良いSUVが市場にはごまんとある。おかげでまったく目立たない。

しかしドアにバンクシーの絵が描かれていたらどうだろう。いや、むしろ私がやってみようか。私もそれなりの著名人なのだから、他人の車に思うがままの落書きをして公式サイトで声明を出せば、私もバンクシー、いや”クラークシー”になれるだろう。

しかし残念ながら、実際にこれを実行に移した場合、私は通報され、犯罪者扱いされることだろう。他人の車にシャーリーズ・セロンのヌードを描くのは不適切だと判断され、地域奉仕活動を強いられるかもしれない。なので、本来の仕事に戻り、フォルクスワーゲン・ティグアンの記事の原稿を埋めなければならない。

rear

しかしそんなのは不可能だ。白身魚のフライや牛乳の食レポをするようなものだ。ティグアンには2Lのエンジンが搭載され、窓とエアコンが装備されている。なので天候にかかわらず移動することができる。以上だ。

なのでティグアンは無視して、最近運転した別の車について書くことにしよう。新型フォルクスワーゲン・ゴルフGTIだ。これなら私の得意分野だ。

『Who Wants to Be a Millionaire?』(日本名: クイズ$ミリオネア)の収録でギリシャ神話やヒラリー・マンテル、ティラミス、木などに関する問題が出題されても、解答者にはオーディエンスを使うかテレフォンを使うか、あるいはその場から逃げ出すかしか選択肢は存在しない。アスク・ザ・ホスト(司会者と相談)のライフラインは何の役にも立たない。

しかし、そんな私でも詳しい分野はある。1971年から1976年にかけて販売された初代ゴルフGTIだ。2代目についてもそこそこ詳しいのだが、以降の3代目、4代目、5代目、6代目は出来が残念だったので知識も少し怪しくなる。そして7代目は私も所有していた。7代目ゴルフGTIは素晴らしい車だった。まさに万人受けする車であった。しかし7代目も販売終了し、続いて登場したのが新型となる8代目ゴルフGTIだ。

8代目は7代目とエンジンやシャシを共有しており、性能もほとんど変わらないため、新型も7代目同様に優秀な車になりそうなものなのだが、残念ながら違った。

全長は旧型と変わらないはずなのだが、どういうわけか旧型よりも大きく、そして締まりがなく見えてしまう。退屈なゴルフの標準車とゴルフGTIを区別するような見た目の違いもほとんどない。GTIであることを主張していない。

内装にも問題がある。この車のナビを設計しているPCオタクは新技術なら何でも装備すればいいと考えているようだ。ラジオの選局にしても、目的地の設定にしても、サスペンションやステアリングの調整にしても、タッチスクリーンと格闘しないとならない。システム設計者はまだ子供なのかもしれないが、大人にも扱えるシステムを作れないならおやつ抜きにするべきだろう。

interior

ただ、操作性を別にすれば、見た目は美しく調和しており、過去へのリスペクトも感じられる。シート地は初代ゴルフGTIと同じだし、マニュアル車を選択すれば初代と同じゴルフボール型のシフトノブが装備される。

ここでゴルフGTI博士である私の知識を披露したいのだが、7代目ゴルフGTIは19インチアルミホイールを選択した場合、サンルーフを装備することができなかった。理由は分からない。ひょっとしたら乗り心地が悪化してガラスが割れてしまうからなのかもしれない。しかし新型ではしっかりサンルーフを装備することができる。

ただし、サンルーフなど装備するべきではない。サンルーフなど時間と金の無駄以外の何物でもない。サンルーフがもたらすのは車内の騒音の増加だけだ。

走りは優秀だ。優秀どころか最高だ。2Lエンジンは低回転域にやや不足を感じるため、ホッキョクグマの保護を考えているのかと勘違いしてしまうのだが、けたたましい排気音を聞けば本当はホッキョクグマなどに興味がないことに気付く。この車はかなり速い。

それに機敏だ。サスペンションがどのモードであろうと、山道をどんどんと攻めたくなる。それに、ただ穏やかに家に帰りたいときには快適性も高い。他のホットハッチにこのような特性はない。普通、硬いか柔らかいかのどちらかだ。しかしゴルフGTIはそれを両立している。

ジョン・ルイスでは「欲しいもの」ではなく「必要なもの」しか販売していないそうだ。つまりジョン・ルイスは洗面器や枕カバーを買いに行く場所だ。ダイヤモンドのブローチやエルトン・ジョンのカツラを買いたいなら別の店に行くべきだ。

ゴルフGTIは自動車界のジョン・ルイスだ。しかしゴルフGTIの地味さが気に入らないなら私に言ってほしい。この私が絵筆であなたの車を芸術品へと変えてみせよう。


The Clarkson Review: Volkswagen Golf GTI