Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、トヨタ GRヤリスの試乗レポートです。


GR Yaris

私は新型ヤリスなど絶対に運転したくないと思っていた。にもかかわらず新型ヤリスを1ヶ月以上借りることになってしまったため、拳銃の手入れと遺書の準備をはじめることにした。

トヨタ・ヤリスはホンダ・ジャズ(日本名:フィット)すらスポーティーすぎると感じる人のための車だ。買い物や老人会に行くための移動手段を求めている老婆のための車だ。それ以外の使用目的など存在しない。

そんな車をレビューすることなど不可能だし、ましてや私のところにやってくる試乗車は3気筒のエンジンを搭載しているらしい。なのでトヨタに電話して試乗のキャンセルを申し出ようとさえ考えた。しかしこれは大きな間違いで、私のところにやってきたのはGRというモデルだった。これはそもそもヤリスなどではない。

この車を理解するためにはまずラリーのルールを理解する必要がある。この車はすべての車好きが求めて然るべき車なので、全員が知っておくべき話だ。

1980年代当時、ラリーに参戦したければ一般人向けの市販仕様車を5,000台販売しなければならなかった。その結果誕生したのがランチア・デルタ インテグラーレやフォード・エスコート コスワースのような車たちだ。

その後ルールが改定され、必要な市販仕様車の販売台数が200台まで減らされた。その結果、ショートホイールベースのアウディ・クワトロやプジョー 205 T16、そして狂気的なリアエンジンのメトロが生まれた。

ところが、現在ではWRCに参戦するためになんと25,000台もの市販仕様車を販売しなければならず、おかげでWRCの舞台に立つのは悲惨なヒュンダイやフォルクスワーゲン・ポロばかりで、結局誰もWRCなど観なくなってしまった。かつて、RACラリーはイギリスで最も多くの人を集めるイベントだった。ところが今や、発熱と咳のある人のほうがラリーなんかよりよっぽど注目を集めるようになってしまった。

rear

トヨタはそんな現状を変えようと考えた。トヨタは普通のヤリスにステッカーとゴツゴツしたタイヤを装備するだけでは満足せず、高齢者向けヤリスからほとんど設計を一新したまったく別の車を作り出した。そのため、トヨタはそちらの仕様を25,000台も販売しなければならなくなってしまった。

まずはエンジンから解説しよう。搭載されるのは1.6Lの3気筒エンジンだ。それだけ聞けばラリー車っぽくはない。しかし騙されてはいけない。エンジン音はやや人工的なのだが、犬のいびきのような深くて珍妙な音を奏でる。

低い速度域からアクセルを踏み込むと眠っていた犬が目を覚ます。生命の息吹が感じられる。圧倒的なパワーだ。排気量こそ小さいものの最高出力はなんと260PS以上で、車重はマッチ1本とさして変わらないので、圧倒的な加速を得ることができる。全開加速はもはやヒステリックだ。

それだけの出力を無駄なく使い切るため、GRヤリスには四輪駆動システムが採用されており、路面状況に応じて最適な駆動力配分を行う。メーターに現在どのような駆動力配分となっているか表示させることもできるのだが、駆動力が変動するような状況ではそんな表示を見ている余裕など決してない。しっかり前を見て走るべきだ。

この車を運転していると思わず笑顔がこぼれてしまう。恐怖を感じることもあるのだが、それもまた一興だ。車の挙動を掴めば、走行モードを変えても何も変わらないことも理解できるし、凍結路面に繰り出す勇気も出てくる。雪道でもやはりこの車は面白い。

普通の車でトラクションを失った場合、その状況を安全に脱せるよう神に願う。しかし前後LSD付きのヤリスの場合、トラクションを失うことがむしろ楽しみになる。

ヤリスは不思議なほど扱いやすく、自分が運転の神になったかのような錯覚を受ける。これなら自分でもラリーで優勝できそうな気がする。それは私に限った話ではないだろう。

interior

この車は私が人生で運転した中でも指折りの楽しい車だ。いわば仔犬版の日産GT-Rだ。最高に気に入った。

欠点はほとんどない。インテリアはほぼヤリスで、ナビ画面がダッシュボード中央(つまりルームミラーの真下)に飛び出しているため、中央部の視界が限られている。着座位置も高すぎるように感じるのだが、ラリー車ではこれが普通らしい。F1レーサーは寝ながらテレビゲームをするような姿勢で運転する(実際のF1もテレビゲームみたいなものだ)のだが、ラリーはその真逆で、仕事机に向かうようにしっかり座って運転する。

他にもこの車にはラリーらしさがある。コルシカやフィンランドの湖では役に立たない電動パーキングブレーキなどではなく、本物のサイドブレーキが装備されている。それに後部座席はあるのだが、後部座席はない。フロントシートが巨大なため後部座席のレッグルームは失われ、空力性能確保のためリアが傾斜しているので、ヘッドルームも存在しない。

しかし、それ以外にラリーカーらしさはない。車線逸脱警報をはじめ、現代的な装備はしっかりと付いている。そしてなにより驚きなのが、それほど乗り心地が悪くないという事実だ。決して快適ではないのだが、かといって暴れまわるようなこともない。試乗車には馬鹿みたいなレーシングタイヤが装着されていたのだが、高速道路でも大人しかった。

GRヤリスは溶接の打点が4,175点で、通常のヤリスよりも259点多く、構造用接着剤の使用全長は35mに及ぶ。その結果、GRヤリスは大聖堂と同等の剛性を手に入れ、結果的に乗り心地も良くなっているのだろう。

まだGRヤリス最大の魅力に触れていなかった。価格は標準グレードで3万ポンドを切る。あらゆる贅沢装備と赤いブレーキキャリパーが装備されていた今回の試乗車ですらわずか33,495ポンドだった。私の記事が載っているこの新聞とマクドナルドのハッピーセット以外でGRヤリスほどコストパフォーマンスの高いものなど存在しない。

GRヤリスは今の時代にぴったりの車だ。今の時代、恵まれていることをひけらかすことなどできない。フェラーリやマクラーレンを乗り回すためには厚生地のピザよりもなお分厚い面の皮が必要だ。

たとえば、今ポルシェ 911などの車に乗っている人がGRヤリスに乗り換えたとしたら、かなり落ちぶれたと感じるかもしれないが、実際は違う。GRヤリスはそれほどまでに優秀な車だ。ただし注文は急ぐ必要がある。トヨタは25,000台を目標としているようだが、それではまるで足りないだろう。


The Clarkson Review: Toyota GR Yaris