Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
先月、ウィルトシャーで車が民家に突っ込んで炎上するという事故があった。車内にいた若者4人は全員死亡した。その事故を受け、当然のように非難の声が上がった。どうやら、その車が走行していたA4を”サーキット”のように運転する人がいるらしい。その区間の制限速度を50km/hまで引き下げるべきだと主張する人も出てきた。そして道路安全慈善団体は運転可能な年齢を58歳まで引き上げるべきだと主張している。
私自身、ウィルトシャーの事故の原因が何かは知らないが、若者がスピードを出しすぎる傾向にある現実は受け止めている。イギリスの運転免許保持者のうち若者が占める割合はわずか7%なのだが、事故により死亡もしくは重症を負ったうちの20%を若者が占めている。2017年には279人もの若者が事故死しており、2018年の死者数も同じだった。
17歳から24歳の若者のリスクが最も高い。しかしこのデータを出したところで当事者は何も感じないだろう。若者にスピードを出すなと言うのは、寝相を良くしろと言うようなものだ。私自身、かつては若者だったのでよく分かる。
若い頃、私はあらゆる道路で全開で走っていた。他の車は敵もしくは障害物でしかなかった。ロンドンに向かうA40は幹線道路などではなく、ドラッグレース場だった。自分のフォルクスワーゲン・シロッコが友人のヴォクスホール・シェベットHSよりも速いことを証明するための舞台だった。たとえ制限速度を30km/hに引き下げようが何も変わらない。どうあれ180km/hで走り続けるだろう。
そういった現実を理解しなけば本当にするべきことなど分かるはずがない。若者の命を本当に守りたいならば、若者に良い車を運転させればいい。
若者は高い保険料と資金不足に悩まされており、現代の安全性が確立されるよりもはるか昔に設計されたポンコツに乗らざるを得なくなっている。親が子に買い与えるような状況ですら中古車の場合が多い。つまり、愛する子(本質的にスピード狂)にレジ袋と同等の衝突安全性しかない車を与えているということだ。
もうひとつ最近あった悲惨な事故の話をしよう。18歳の少年がBMW 118dを運転中、バッキンガムシャーで事故を起こし、悲しいことに同乗者の1人が死亡した。
興味深いことに、運転手に6ヶ月の執行猶予を言い渡した裁判官はその両親を非難した。免許を取得したばかりの息子にBMWを買い与えるなど愚の骨頂であるそうだ。

当然、報道各社もこのことを報じている。しかも、BMWを「スポーツカー」と表現している。しかし118dはスポーツカーなどではない。ただのディーゼルハッチバックだ。G-Wizや、それどころかそこら辺のフライパンと大差ない。118dこそ、若者が運転するべき車だ。ディーゼルなのでスピードは出ないし、経済性も高い。それにBMWなので女受けも良いだろう。
私も息子にフィアット・プントなどではなくBMW 118dを買ってやればよかった。この裁判官も子供ができたらBMWを買ってやるべきだろう。中古のヴォクスホール・コルサと最新のBMWと、選ぶべきは明白だ。私を信じてほしい。
普段なら、ある程度本題と関係のある話題から話を変えていくのだが、今回はまるで本題と関係ない話をしてしまったので、申し訳ないがここで話題が大きく変わってしまう。ここからがマクラーレン GTの話だ。
GTはグランドツアラーの略で、自動車評論家や自動車カタログ蒐集家ならどういう意味か分かるだろう。高速で快適に長距離を移動できる車のことだ。
グランドツアラーは理想的な車だ。しかしもはや、誰もそんな車は求めていない。長距離を移動したいならジェット機をチャーターして空港までメルセデス・ベンツ Sクラスで迎えに来てもらう。
しかし、どういうわけかマクラーレンはいまだにグランドツアラーに需要があると考えており、しかも顧客はベントレー・コンチネンタルGTやアストンマーティン DB11に代わる車を求めていると考えているようだ。マクラーレンは2+2のフロントエンジンFR(もしくは4WD)のグランドツアラーではなく、グランドツーリングスーパーカーを作ろうとした。とんでもなくニッチなところを攻めたものだ。
スーパーカーのレイアウトはそのままに、エンジンの全高を抑えてその上にスペースを作った。その結果、爆発を繰り返すエンジンと日光の降り注ぐリアウインドウの間にゴルフクラブ数本やスキー板を積むためのスペースが生まれた。そしてフロントのボンネット内にも下着や歯ブラシを積める収納スペースが用意されている。

車内は2人乗りで、内装は至ってまともだ。異常性に満ち溢れたフェラーリとは違い、マクラーレン GTの車内は乗用車的で常識的だ。
走りも乗用車的だ。演出臭さはない。爆発的な排気音があるわけでもなければ、小石を踏むたびに鼻を擦りむくこともなく、路肩にはみ出すのではないかとはらはらしながら運転する必要もない。
かといって、退屈なわけでも平凡なわけでもない。ステアフィールは美しく、そしてとてつもなく速い。なにせ1.5トンを切る車体に620PSのツインターボV8エンジンを搭載しているのだから当然だ。
ただし、欠点もある。フェラーリ 308がミッドシップ2シーターのテンプレートを形作って以来、美しくないミッドシップなど登場しなかった。ところが、どういうわけかマクラーレン GTは例外で、特にフロントエンドは不恰好だ。
それに、実際に購入する場合、大きな問題がある。これまでの経験からも分かる通り、マクラーレンのリセールバリューはかなり悪い。
4人乗れず、エンジンが前ではなくミッドシップに搭載されたグランドツアラーが欲しいなら、ベントレーでもアストンマーティンでも満足できないなら、あえてフランス南部までの移動を自家用ジェットではなく自分の運転で行いたいなら、そして涙が出るほどのリセールバリューが気にならないなら、マクラーレン GTを購入するべきだろう。
auto2014
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