Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アストンマーティン DB5の試乗レポートです。


DB5

最近、BMW 3.0 CSLか昔のミニクーパーが欲しくなっている。それだけに留まらず、ランチア・フルヴィアやモンテカルロ、トライアンフ TR6、そして「ビッグ・ヒーリー」ことオースチン・ヒーリー 3000にも惹かれている。

もちろん、一番欲しいのはイーグルのジャガー Eタイプなのだが、個人的にアルファ ロメオ贔屓なので6Cや1963年式のジュリア スパイダー、もしくはモントリオールなんかも良いだろう。とりわけモントリオールは魅力的なのだが、3.0 CSLの魅力にも抗いがたい。

きっと誰しも、超高価なクラシックカーを所有することを空想するだろう。けれど基本的にそれを現実にすることは叶わない。そして一方で、現在新車で販売されている車の中で、本当に欲しいと思える車は少なく、私の場合は4台しかない。ベントレー・フライングスパーアルファ ロメオ 4C、アルファ ロメオ・ジュリア GTAm、そして…4台目が何だったかは忘れてしまった。

新車で欲しいと思える車がこれほどまでに少なかったことはなかった。最近の車は子供を安全に送迎できるし、地球にも優しい。スマートフォンと連携することもできるし、信頼性も高くなってきている。

けれど、心から欲しいと思える車は少ない。もはや自動車の開発陣は自分たちの野望を持って車を作ってなどいない。彼らはグレタ・トゥーンベリに取り憑かれた政府の規制に従うのにいっぱいいっぱいになっている。

同じことはデザインについても言える。羽根も、ホイールアーチの膨らみも、ポップアップヘッドランプも、すべて安全性向上のお題目のもとに排除されてしまった。そしてそれ以外の魅力的なデザイン要素も予算の制約によって失われてしまった。

決して私の車への愛情が潰えてしまったわけではない。そんなことはありえない。けれど、もはや技術革新も新鮮さも得られなくなってしまった。それゆえに私は過去に目を向けざるをえなくなった。しかしここには問題がある。まだ環境問題も安全性も問題になっていなかった時代の車を漁るのは楽しいのだが、実際に購入しても決して楽しめないだろう。

かつてのBMW 3.0 CSLと最新のBMW M8の走りはまったく違う。当時の車の走りは芝刈り機と大差ない。ある程度の速度まで加速させることはできるのだが、そこから減速するためには数年はかかる。そしてコーナーを抜けようとすると自分の車のテールランプに追い越されてしまう。

当時の軽量BMWのトラクションコントロールはセメント袋をトランクに入れることで代用されていた。電子制御による運転補助などまるで存在しない。それどころか電子部品自体が一切存在しない。シガーライターを除いて。シートを電動でスライドさせることなどできないし、背もたれはそもそもリクライニングできない。

クラシックカーで高級ホテルに乗りつけたいという欲望はきっと誰しも持っているだろう。けれど、クラシックカーの運転は決して楽しめない。しかし、新しく設計されたクラシックカーに乗るのはどうだろうか。これが新しいアストンマーティン DB5の話に繋がる。

そう、新型だ。ニューポート・パグネルにあるアストンマーティンの工場で新たに製造される。ただし、25台限定の「コンティニュエーション」と呼ばれる新規製造モデルは普通のDB5ではない。ショーン・コネリーが『ゴールドフィンガー』で運転したDB5のレプリカで、価格は330万ポンドもする。

かつて『007』で特殊効果を担当していたクリス・コーボールド協力のもと開発され、マシンガン風の装備や回転式ナンバープレートが装備されており、室内にはお馴染みの赤いスイッチも装備される。ただ残念ながら、スイッチを押しても助手席が射出されることはないそうだ。

アストンマーティンは以前にも同じようなことをしている。かつて資金難にあったとき、新型車を開発する費用が捻出できず、昔のモデルとまったく同じ車をリメイクした。そうしてDB4 GTが復刻された。

この手法は素晴らしい。こうすることで我々は新車のクラシックカーを手に入れることができる。しかもそれを作っているのはかつてと同じメーカーだ。新車ゆえにパーツがくたびれているわけでもない。エンジンやブレーキなど、一部の部品は現代化されたりもする。それに、150万ポンドという価格設定は60年前に製造されたオリジナルを手に入れるよりも100万ポンドほど安い。

数年前、The Grand TourでDB4でフランスやスペインをドライブした。ピレネー山脈を抜ける美しい道での運転は最高だった。DB4は昔ながらの暴力性とともに見事な応答性を見せてくれた。踊るように走った。

しかし、この車は基本的に過激だ。変速時の音は今でも耳に残っている。エアコンがないどころか、窓を開けることすらできず、その暑さは今でも思い出せる。軋む音、唸る音に苛まれながら霧がかったピレネー山脈を走るのはかなり大変だった。

そしてここからが先週借りていたDB5の話だ。私はゴールドフィンガー仕様だと思って楽しみにしていたのだが、実際に来たのはマシンガンの搭載されていないごく普通の1960年代初期のDB5だった。私はそれに乗ってパブに出掛けた。確かに駐車している姿は最高だったのだが、同時に3.0 CSLにしておけばよかったとも考えた。

そもそも、DB5は1960年代当時でさえ特別ハンドリングに優れた車ではなかった。それに速くもない。しかも厄介なことに、周りのドライバー達は片手に携帯を持ってカメラをこちらに向けてくる。

この車は周囲の人間の正気を失わせるほどに美しい。おかげで、注意力を失ったドライバーが突っ込んでくるのではないかという恐怖に苛まれながら運転せざるを得ない。

ただし、25台限定の007仕様車を運転することができる幸せ者にはあまり関係ない話だ。なにせこのモデルは公道で運転することができない。そうだ。330万ポンド払って、わざわざ道路を走ることのできない車を買うということだ。

この車はただ存在するだけだ。しかしそれこそがクラシックカーの正しい姿なのかもしれない。移動するためには別にボルボが必要だ。