Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
昔からずっと、レースで自動車メーカーが勝利を収めれば翌日そのメーカーの販売台数が増えると信じられてきた。では改めて考えてみよう。オーストラリアで開催された前回のバサースト12時間レースで勝利したのはどのメーカーだっただろうか。
ほとんどの人は知らないだろう。世界中でどれだけの種類のモータースポーツ大会があるのか調べてみたのだが、数え切れないほどあった。少なくとも数千はあるだろうし、それぞれに独自のルールやレギュレーションがある。そのすべてをチェックすることなど不可能だろう。ほとんどの人間は1種類しかチェックしていない。フォーミュラ1だ。
1990年代のイギリスツーリングカー選手権のように、F1以外のモータースポーツが人気を博すこともある。BTCCは凄かった。それに最近では街中を牛乳配達車が走り回る姿を見たがるような人々がフォーミュラEに熱狂している。
私が気に入っているのはバサースト1000だ。500年ほど前にテレビで初めて見たとき、その映像が信じられなかった。巨大なフォードやホールデンに搭載されたカメラがくるくると回りながらレースの様子を映し出していた。コメンテーターの解説はまともで、しっかり聞き取ることができた。
バサースト1000はフォードとホールデンのライバル関係が深いオーストラリアではかなり重大なイベントだ。マンチェスター・ユナイテッドとリヴァプールの試合以上に盛り上がる。観客はあまりに熱狂的なので、暴力沙汰を防ぐためにアルコールは規制されている。観客はそれに対抗し、数週間前、それどころか数ヶ月前に会場に赴いてあらかじめビールを埋めておき、当日に掘り返す。
1992年には日本車の日産 スカイラインが勝利を収めたため、オーストラリア中が悲しみに包まれた。勝利したドライバー、ジム・リチャーズが表彰台に上がると盛大なブーイングが巻き起こった。ビール缶を投げつけられたリチャーズはマイクを奪い、観衆に向かって「クソ野郎」と叫んだ。これぞオーストラリアだ。だからこそバサースト1000が好きだ。
ホールデンが死んでしまったため、フォードとホールデンの戦争は終結した。それでもレースは続いており、今年はバサーストでインターコンチネンタルGTチャレンジが開催された。この大会ではスーパーカーメーカーが火花を散らすので、プレミアリーグとNFLが一緒になっても敵わないほど大きな大会になりそうなものだが、平均観客数はせいぜい1人だ。地方のクリケット大会のほうがまだ人が集まる。ましてや報道などまったくされないので、バサースト12時間レースの結果を知る人間など誰もいない。

勝利を収めたのはベントレー・コンチネンタルだった。レース中にカンガルーが介入した結果、巨大な英国車がマクラーレンやポルシェ、ランボルギーニ、アストンマーティン、アウディなどの本格的なスーパーカーを破り、優勝を果たした。レース仕様のベントレーは1.3トンと軽いのだが、それでもあれだけ巨大な車体で勝てたのは驚きだ。
最近はコンチネンタルを運転していないのだが、先日4ドア仕様のフライングスパーに試乗した。当然、車重は1.3トンなんてものではなく、4WDシステムも装備されているのだが、それでもかなり速い。飾りまみれのレザー内装を眺めながらアクセルを踏み込めば、そのギャップに驚かされる。
昔のベントレーのトランスミッションは少し鈍かったのだが、今ではその問題もなくなっている。改善点は他にもある。フロントにカップホルダーが装備された。(フォルクスワーゲンの)先進技術も充実している。乗り心地は巨大な21インチホイール装着車でもかなり改善している。乗り心地も、そして見た目も明らかに良くなっている。ボンネットの先端からはイルミネーション付きのフライングBエンブレムがせり出してくる。これが欲しくならない人間など存在するのだろうか。
欠点もある。まずはダッシュボードの話をしよう。オプション設定される木の種類はあまりにも多く、樹木専門家以外には選ぶことすらできない。オレゴンクラブアップル、マンチュリアンウォルナット、クレタンゼルコヴァ…。
試乗車には光沢のあるピアノブラックパネルが装備されており、日差しがなければ素晴らしい見た目だった。しかし、日が当たると反射が酷くなり、顔に光線銃を当てられているような気分になった。
他にも問題がある。最近の自動車メーカーはむやみやたらにギアレバーの操作方式を変えようとしている。単純にDレンジに入れて走り出すのは古臭いと考えられており、右へ左へ上へ下へとレバーを複雑に動かすのが今どきの最先端だ。ベントレーも例外ではなく、嫌になってしまう。
しかも、ギアレバー周辺には数千個の小さなボタンがある。それぞれが何のボタンか知るためには老眼鏡を掛けて顔を近づけなければならない。こんなことをしていれば「運転に注意を払っている状態」ではなくなってしまう。ましてや内装パネルによって光線攻撃を受けている状態ならなおさらだ。

しかし、最大の問題点は鬼のようなトルクにある。巨大なW12ターボエンジンはあまりに高性能なため、同乗者はサターンロケットに乗っている気分を味わうことになる。ドライバーを雇うなら、バレリーナのような繊細な足を持っている人を選ばなければならない。
けれど、私はそんな問題点など気にしない。フライングスパーは最高の車だ。欠点はあるが、だからこそ人間らしい。合理的で賢明な人だから友達になりたいと思うことなどあるだろうか。フライングスパーには圧倒的な滑らかさと静寂、そして狂気的なパワーがある。制動力も信じられないほど高い。
しかし、何よりの魅力は車に乗り込むたびに得られる満足感だ。確かに成金っぽさはあるのだが、男性用洗面用具入れのような内装が溢れる世界において、輝かしいベントレーの内装は魅力的だ。
旧型フライングスパーに試乗したとき、私はロールス・ロイス ゴーストのほうが良い車だと結論付けた。しかし、今回は違う。新型フライングスパーは最高の車だ。
しかも、値段は(CEOやヒット歌手にとっては)安い。私にとっても安いのだが、私はヨークシャー出身なので夏に登場するV8を待ちたいと思う。こちらは2万ポンドほど安く、青信号のたびに同乗者が歯を食いしばる必要もなくなるだろう。
ベントレーをレーシングカーだと思う人などいないだろう。そもそもベントレーがレースに参戦していることを知っている人など存在しない。けれど私を信じてほしい。このベントレーはレーシングカーだ。
The Clarkson Review: Bentley Flying Spur
auto2014
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