Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ミニ エレクトリックの試乗レポートです。


Mini Electric

昨今の情勢のせいで原稿に遅れが出てしまっているため、少し昔の話をさせてもらいたい。これは2020年3月下旬の話だ。その1週間前に外出制限が出されており、特にダービーシャーでは警察がドローンで住民を監視し、メガホンで注意喚起を繰り返した。

しかも、一般市民までもが相互監視をはじめ、自粛警察と化した。彼らはカーテンの裏に隠れ、道行く車のナンバーを控えた。もともと友達のいなかった自粛警察たちは、国民全員が自分達と同じように不幸になるロックダウンを喜んだ。

空から飛行機雲は消え、金曜午後6時にリージェント通りを歩いても人混みに揉まれることはなくなった。しかし、そんな状況になってもなお、外出制限は解かれることなく続いている。

幸い、私はあまり影響を受けていない。私にはジャーナリストという肩書があるので、どこでも好きな場所に出掛けることができる。それに、私は現在、農業という不要不急には当たらない仕事をしている。なのでレンジローバーで好き勝手移動することができるし、(実行に移すつもりは毛頭ないが)農業用の免税軽油で車を動かしても許されるかもしれない。

おまわりさんごめんなさい。でも、ガソリンスタンドの給油機にはコロナウイルスが付着しているかもしれないじゃないですか。

なので楽しい車が試乗車としてあったら嬉しかった。なにせ今、警察官たちは公園でたむろしている若者たちを注意するのに忙しく、自動車の取り締まりをしている暇などない。しかし困ったことに、ロックダウンのせいで新しい試乗車など届かず、今借りているのはロックダウン前に届いたヴォクスホール・コルサだ。先日お伝えした通り、コルサは今、彼女の連れ子の手元にある。しかし私の手元にはもう1台、ミニ クーパーSの電気自動車版もある。

この車は安い。かなり安い。政府による3,000ポンドの補助金も考慮すると、価格は25,000ポンドを切る。この値段はミニとしては明らかに高いのだが、電気自動車としては個人的に興味を持つほどに安い。当然、試乗車は上級グレードだったのだが、それでも価格は30,900ポンドで、内容もかなり充実していた。

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この車には先進技術がふんだんに使われている。例えば、BMW i3と共通の埋込永久磁石式同期モーターは通常の永久磁石の効果とリラクタンストルクとやらを併用している。これにより、レアアースであるネオジムの使用量を削減し、ローターの回転が速くなる。この説明を読めば、ジェームズ・メイが電気自動車を気に入っている理由も理解できるだろう。

しかし、一般人にとって重要なのはパフォーマンスだ。その点でもミニは優れている。最高出力184PS、最大トルク27.5kgf·mを発揮する。ミニは巨大で重い車なのだが、それでも0-100km/h加速は7.3秒を記録する。そして実際に運転してみるとそれ以上に速く感じる。ガソリンのミニクーパーSよりも速く感じる。実際は違うはずなのだが。

私自身は電気自動車を購入するつもりはない。これはあくまで個人的な話だ。リチャード・ハモンドはテスラを欲しがっているし、ジェームズ・メイは既にテスラを所有しており、他にもi3や燃料電池車を持っている。車名は思い出せないが、見た目が死ぬほど退屈だったことは覚えている。

けれど、私は電気自動車信者の熱意には共感できない。確かに、電気自動車であれば、低速域からアクセルを踏み込むと即時的で圧倒的な加速を得ることができる。けれど、同乗者が感嘆の言葉を上げる前にその加速は終わってしまう。電気自動車の加速はディーゼルのそれに近い。巨大な塊として1度だけ加速し、それで終わってしまう。

個人的にはガソリン車のような途切れのない加速が好みだ。発進加速性能で見れば電気自動車のほうが優秀なのだろうが、数秒後にはガソリン車が追いついてしまう。それに、5回もレースをすれば電気自動車は性能が低下しはじめ、10回もレースをすればバッテリー切れで動かなくなってしまう。

減速時の問題もある。普通の車の場合、惰性で走ることができる。無変速で惰性走行する際は燃料を消費することはない。この事実は意外と知られていない。しかし、電気自動車の場合、減速時のエネルギーがバッテリーの充電に使用されるため、基本的に惰性で走行することはできない。この機構を回生ブレーキというのだが、私はこれが大嫌いだ。

ミニでもアクセルペダルから足を離すとブレーキをかけたかのように減速する。おかげで穏やかに運転するのが難しい。あらゆる信号、あらゆるラウンドアバウト、あらゆる交差点の手前において、車の動きがギクシャクしてしまう。

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しかし、私が電気自動車を嫌っている最大の理由はそれではない。音だ。電気自動車の場合、耳に入ってくるのは基本的にタイヤのノイズだけだ。そんな不快な音を聞くくらいなら、ライオンに食べられて胃液の流れる音を聞いたほうがまだましだ。

私が所有しているアルファ ロメオ GTV6は楽器だ。その音を聞いていると思わず武者震いしてしまう。そんな電気自動車は存在しない。アルファが楽器だとすれば、電気自動車は食器洗い機だ。必要なときに使い物にならない。

しかし、私のような考え方をする人間はそれほど多くないだろう。エンジン音の有無なんかより、ミニが1km走るのに2.5ペンスしかかからない点に興味を持つだろう。それは間違いなく事実だ。

電力会社や充電時間をしっかり吟味し、生まれたてのフクロウを扱うようにアクセル操作をすればその数字を実現することができる。そうやって運転すれば充電無しで225km走行することも可能だ。

しかし、ここには2点問題がある。1つ目。普通に運転した場合、225kmなど到底走れないし、バッテリーの充電が終わるまで12時間も待たなければならない。2つ目。プジョーやルノーが販売している電気自動車のほうが航続距離は長い。圧倒的に長い。

問題は他にもある。ただでさえミニはリアシートが狭いのだが、電気自動車仕様はバッテリーがリアシートの下に搭載されているため、居住空間がさらに狭くなっている。荷室も狭くなっており、飼えるペットはテントウムシくらいだ。しかも2匹だとテントウムシすら無理だ。

前席はお馴染みのミニなので大きな問題はない。最新のガソリン車同様、メーターの色を変えることもできる。これが何の役に立つのかは知らないが、少なくとも見た目は恰好良い。ヘッドアップディスプレイにはすぐ下にあるメーターとまったく同じ情報しか表示されないのだが、それでも個人的には気に入っている。

操作性の高さも気に入った。車重は自粛警察の圧以上に重いのだが、それでもミニらしいすばしっこさは残っている。ただ、乗り心地はそれほど良くない。これも電気自動車よりガソリン車のほうが好きな理由のひとつだ。

読者の中には電気自動車に興味を持っている人も多いだろう。それ自体は決して恥ずべきことではない。たとえ何時間も充電を待ち続けようと、充電切れを起こしてパニックになろうと、地球のために電気自動車に乗りたい人がいることは否定しない。けれど、そういう人達にもミニは勧められない。価格はそれほど高くないのだが、フランス製の電気自動車のほうがよっぽど優秀だ。

もっとも、それはバッテリーで動く電気自動車を”クルマ”と認識できるならの話だ。私はそうは思えないし、これからもその考えは変わらない。