Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ルノー・クリオ(日本名: ルーテシア)の試乗レポートです。


Clio

私はフランス車を所有したことがない。欲しいと思ったことすらない。シトロエン CXはブレーキをかけたときに前ではなく後ろが沈むという特徴が好きだった。フランス車ゆえに、イギリス人のアイザック・ニュートンが考えた物理法則になど囚われないという意思を感じた。

オーディオが運転席と助手席の間に縦向きで搭載されている点も気に入っていた。クロワッサンやチョコバーの食べかすをこぼしたらカセットスロットに詰まって使えなくなってしまう。

方向指示器にはセルフキャンセル機能がなかった。方向指示器スイッチを押して方向転換をしたあと、どうして周りの車が自分に向かってパッシングしてくるのか理解できないまましばらく走り続けることになる。

CXは快適で室内が広く、見た目も良い。けれどこの車は狂っている。作りは雑で、ネジもまともに締められていない。なので、CXを買おうと思っていても結局はボルボを選んでしまう。

他に、プジョー 504コンバーチブルやプジョー 205 GTI、ルノー・フエゴ ターボ、ミッドシップのルノー・クリオなど、好きなフランス車は何台かあるのだが、いずれも欲しいとは思わない。特にミッドシップのクリオはシトロエン以上の狂気で、最小回転半径があまりに大きいので、Uターンするためにはカナダくらいの土地が必要になる。

それ以外のフランス車はどれも社会科見学と同じくらい退屈で、自分で駐車スペースを作り出すフランス人のために設計されている。そのため、どのフランス車もエンジンが搭載されたバンパーにすぎない。

なので、新しくやってきた試乗車がルノーの新型クリオだと知ってもまったく嬉しくなかった。どんな車かはだいたい予想がつく。安っぽい音を立てるドア。やかましいディーゼルエンジン。ふわふわのシート。不自然に高いユーロNCAP(フランスに本部を置く国際自動車連盟が支援している)のスコア。

しかし、新型クリオのドアはまったく安っぽくなかった。パラシュート部隊がパラシュートの展開に失敗したまま着地したときと同じ音がする。それに、ダイヤルを回すとしっかりと感触がある。どうやらまともに組み立てられているようだ。

rear

シートも中にゴミが詰まっているわけではなく、しっかりホールドしてくれるし快適だ。まるでドイツ車のようだ。

しかし、走りはドイツ車とは別物だ。ドイツ車はとんでもなく硬い。ドイツでは道路の損傷を放置することが法律で禁止されているため、車にしなやかさが必要とされていない。しかしクリオは乗り心地が良く、それでいてコーナリング性能も高い稀有な車だ。しかも、ステアリングの完成度も高い。

エンジンも悪くない。最近スパークプラグのあるフランス車に乗った覚えがないのだが、最近では軽油が悪魔の燃料と考えられるようになったため、新型クリオにはガソリンエンジンが搭載されている。正直なことを言うと、ディーゼルの低回転域トルクが恋しく思えることもある。クリオのエンジンは滑らかだし経済的なのだが、登り坂ではいちいちシフトダウンしなければならない。

ひょっとしたら、だからこそクリオが安全評価五つ星を獲得できたのかもしれない。この車はそもそも、事故で怪我をするような速度まで加速することはできない。

クリオは実用性も高い。荷室はどの競合車よりも広く、ステーションワゴンにも引けを取らない。乗りはじめて2日目には、ついにフォード・フィエスタを超える小型車が生まれたと感じるようになった。それほど楽しい車だった。

しかも、驚くべきことに価格は他の競合車よりも安い。クリオはコストパフォーマンスが高く、運転が楽しく、遅すぎるので安全性も高く、室内空間が広く、少なくとも見た感じでは作りもしっかりしている。

しかし、人々が本当に求めているのはこのような現実的な要素ではなく、人に羨ましがられるような特徴だ。そのせいでクリオには大きな問題がある。

試乗車のダッシュボードには巨大なiPad風スクリーンが装備されており、これを使ってあらゆるものの操作を行う。いかにも開発会議で受けそうな機能なのだが、実用性は全くない。

interior

車には最大6人分の設定を保存することができ、ボタンを1度押すだけで自分専用の設定を呼び出すことができる。きっとこのアイディアは開発陣がワインを飲みながら決めたのだろう。

現実的にこの機能はまったく役に立たない。エンジンを始動してもすぐにはシステムが立ち上がらず、仕方ないのでしばらく運転するのだが、時間をおいて再び試そうとしても、タッチパネル操作なのでいくらクリオの乗り心地が良くても走りながら正しい場所をタッチすることはできない。タッチ操作に集中していると曲がり角に気付くのが遅れ、事故を起こしてしまう。ただ幸い、エンジンが非力なのでせいぜい20km/hくらいしか出ていない。

経験論として、出発する1時間前にエンジンを始動させればシステムが問題なく立ち上がってくれる。しかし、そうやって準備していたとしても問題は残る。例えば、メーターに回転計を表示させることもできるのだが、実際に表示させるまでには40分ほどかかる。Appleとは違い、ルノーにはまともなシステムなど作れないようだ。

ステアリングスイッチにも問題がある。スイッチを押すとメーターの表示がわずかに変化し、意味が分からず取扱説明書を読むのだが、掲載されている写真はどれもピントが合っておらず、文章は英語をまったく理解していない人が書いている。

シートベルト警報はシートベルトを締めても鳴りやまない。既にやっていることをやれと言われるのは気が狂うほど苦痛だ。7秒後には自殺したくなり、7分後には地球上の全人類を殺したくなる。

クリオは非常に優秀な小型車なのだが、必要性のない見栄え重視のガジェットのせいで台無しになっている。ただし、エントリーグレードは余計な小細工のない、素直な小型車だ。

私は今でもフォード・フィエスタが好きだ。けれどクリオのベースグレードもそれに対抗できる車に仕上がっている。ひょっとしたら、本当に欲しいと思えるはじめてのフランス車かもしれない。


The Clarkson Review: Renaut Clio