Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、マツダ CX-30 SKYACTIV-G 2.0の試乗レポートです。


CX-30

もっと低価格車のレビューするべきではないかと言われることがある。読者は手の届かない車よりも手の届く車の記事に興味を持っているそうだ。しかし果たして、それは事実なのだろうか。

何年も前、クエンティン・ウィルソンとティファニー・デルが司会をしていた昔のTop Gearに出演していたとき、私は低価格なフォード・オリオンのレビューを依頼された。こういう車をレビューするということは、7分間にわたって燃費や荷室の広さについて語り続けるということだ。こういう映像はフォードのミドルクラスセダンを検討しているジャンパーを着たアデノイドの人にとっては面白いだろう。

しかし、私は自分の独断で代わりにランボルギーニ・ディアブロのレビューを行うことにした。私はロケ場所として高級ホテルとカースル・クーム・サーキットを勝手に予約した。撮影用にミウラとカウンタックも用意し、BGM用にバッド・カンパニーのアルバムも持ち込んだ。

私の勝手な行動を知ったときの編集者の顔は今でも思い出せる。「恐怖」なんて言葉では表しきれない。彼はまるで自分の愛犬を殺した人間を見るような顔になっていた。

彼が普段手掛ける映像は、顎髭の男が新しいオースチンのニールームについて延々と語るものばかりで、番組の最後には「安全運転を心掛けましょう」というテロップが流れた。そんな彼が、ポール・ロジャースの歌声、サイモン・カークのドラム、そして4台のランボルギーニの咆哮が響き渡る映像を目の当たりにした。

私は完成した映像に満足していたのだが、彼は違った。彼いわく、ランボルギーニ・ディアブロを買える人間などいないのだから、こんな自動車番組を見ようと思う視聴者など存在しないそうだ。私はエルトン・ジョンなら買えると反論したのだが、彼は聞く耳を持たなかった。

結局、撮影費用がかさみすぎた結果、ランボルギーニの映像がそのまま流れることになったのだが、視聴率はBBC2の総合番組としては前例のないレベルまで上昇した。こういう番組こそ、まさに視聴者が求めていたものであるということが証明された。爆音、パワー、ロックンロール。視聴者が求めていたのはスラックスと顎髭とスパークプラグの解説などではなかった。

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料理の評論についても同じことが言える。評論家がハーペンデンの庶民的なパブに行き、電子レンジで調理されたパイやオーブンで焼いただけのチップスや冷凍えんどう豆を食べることもできる。けれど、そんな記事を読むくらいなら、ウクライナ人シェフの作った300ポンドのトリュフ・ヴルーテの記事を読みたいと思うはずだ。

旅行も同じだ。いくら庶民的だからといって、安ホテルの情報が見たいと思うだろうか。むしろ、一生で一度も行けないような、夢の超高級ホテルについて知りたいと思うのではないだろうか。

だからこそ私は、モーリスや安いシトロエンのレビューはあまり行ってこなかった。だからこそ私は、アルプスの道でランボルギーニを走らせた。

そもそも「低価格」とは何なのだろうか。もし私がジェフ・ベゾスなら、ありとあらゆるものが低価格だ。しかし、田舎の公園の清掃員にとっては、15年落ちのローバー 200すら高価かもしれない。どこで線引きをすればいいのだろうか。誰がその基準を決めるのだろうか。

先週、私に貸し出された試乗車はマツダ CX-30という車だった。これはFFで5人乗りのファミリー向け学校送迎車だ。「賢明」という言葉を辞書で引けば、この車のことが書かれているだろう。

しかし果たして、どれだけの人がCX-30の購入を検討しているのだろうか。100人だろうか。そのうち何人がこれを読んでいるのだろうか。10人だろうか。もしCX-30を検討している人がこの記事を読んでいるなら、それはかなり幸運なことだ。なにせ、これはまさにその人のための記事なのだから。

マツダにはCX-3とCX-5という車があり、その間に入る車が必要だった。ところが、CX-4という車名は既に中国専売車が使ってしまっているため、CX-30という車名が採用されることとなった。

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CX-30の価格は22,895ポンドなので、22,895ポンド程度なら払えるという人にとっては低価格だ。ただし、私が試乗したグレードはレザーシートが装備された美しい赤の2L車で、価格は28,875ポンドなので、22,895ポンドしか払えない人にとっては決して低価格ではない。

問題は他にもある。室内空間は決して広くない。特にリアシートは狭いし、荷室もさほど広くない。しかも、パワーテールゲートが装備されており、開閉はかなり遅い。雨の日は濡れながらただ立ち尽くすしかない。犬を荷室に入れようとしても簡単に逃げられてしまうだろう。

そして走りにも大きな問題がある。マツダは他のミドルクラスSUVを見て、どれもそれほど運転が楽しくないと考えたようだ。しかしこれにはちゃんと理由がある。そもそもミドルクラスSUVを購入するような人間は走りを楽しもうなどとは思っていない。

しかし、マツダはそんな現実など理解していなかったようで、わざわざマニュアルトランスミッションを設定した。これはリモコンのないテレビのようなものだ。どうしてわざわざ自分の手でギアを変えなければならないんだ。

しかも、問題はトランスミッションだけではない。CX-30の乗り心地はサスペンションが付いていないのかと思うほどに悪い。『アベンジャーズ』でハルクがトム・ヒドルストンをぶちのめすシーンがあるのだが、CX-30を普通の速度で運転するだけでトムの感覚が理解できる。

スピードを出せば硬さの恩恵に与ることもできるのだろうが、困ったことにCX-30はスピードを出すことができない。2Lエンジンは洗練されてはいるのだが、決して速くはない。

なので、この記事を読んでいる10人には、他の車の購入をおすすめしたい。ボルボ XC40などいいかもしれない。そして、CX-30に興味のない大多数の読者は、ここまでで20段落分の無駄な時間を過ごしたことになる。

中には、ここまで飛ばして読んだ人もいるだろう。その人達に朗報だ。いずれ、アストンマーティン DBXの試乗をしたいと考えている。当然、DBXなどほとんどの人は購入できないだろうが、それでも私はDBXの走りを、レザーと轟音のロマンスを、読者の皆様にお伝えしたい。私が書きたいのは夢だ。なぜなら、車は夢であるべきだと思っているからだ。

ただ困ったことに、予定表を確認してみたところ、次に私のところに来る試乗車はどうやらヒュンダイ i10らしい。