Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「Top Gear」に寄稿した記事を日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2011年に書かれたランチア・ストラトスに関する記事です。


1974 Stratos

2010年の末頃、今年発売された車の中から最高のモデルを選んで欲しいとTop Gearの編集者から頼まれた。これは便器の中から最高の糞を選ぶくらい無意味だ。どれを選ぼうとも茶色くて醜いだけだ。

2011年も同じように酷い年になると思っていた。なにせリーマンショックやアイスランドの噴火が起きた時期に開発された車だ。出てくる車はほとんどがヒュンダイやキアで、他にあるとしてもせいぜいミニのSUVくらいだろう。

ところが、2010年のカー・オブ・ザ・イヤーについて考えているとき、新型ランチア・ストラトスの写真を見かけた。その写真を見た私は身震いするほどに興奮した。

私は昔のストラトスが大好きだ。乗り込みづらいし、視界も悪いし、運転しづらいし、奇妙なドライビングポジションのせいでエンジンをかける前からまともに運転できる気がしなかった。

エンジンを始動し、サンバイザーよりも後ろにあるアクセルペダルに足をかければ、次の瞬間には事故を起こしてしまう。なにせストラトスのホイールベースは2cmくらいしかない。それに、ブレーキペダルの取り付け忘れも頻発していた。

言うまでもなく、ストラトスはラリーでは大活躍した。WRCではフォード・エスコートやヴォクスホール・シェベットなどの競合車を抑え、1974年、1975年、1976年に勝利を収めている。

けれど、私はラリーでの成績など気にしていない。当時のラリーはただの政治でしかなかった。それでも私はロードカーとしてストラトスを愛していた。特に巨大なフォグランプとアリタリアカラーが気に入っていた。

1971 Stratos interior

1970年に発表されたコンセプトカーは奇怪なものだったのだが、その後ランボルギーニ・ミウラやカウンタックを手掛けたことでも知られるマルチェロ・ガンディーニのおかげで大変身を遂げた。

ストラトスの開発初期段階ではランチア自身すらも何のための車を作っているのかよく分かっていなかった。どんなエンジンを搭載するかも決まっていなかった。当初フルヴィアのV4エンジンが検討され、続いてベータの大衆エンジンが検討され、そしてようやくディーノ用のV6エンジン搭載が決まった。

このエンジンはフェラーリ(厳密に言うとフェラーリと呼ぶべきではないのかもしれない)が製造していた。なので、ストラトスは正真正銘のスーパーカーであり、だからこそ私は自室にストラトスの写真を飾っていた。ジェームズ・メイ風に表現するなら、”性的”な車だ。

残念ながら、実際に運転したストラトスは期待通りの車ではなかった。スーパーカーなどではなかったし、それ以前に特別感というものが存在しなかった。まるでおじいちゃんのズボンだ。古臭くてしっくりこない。昔ながらのローラー式洗濯機と変わらない。いくら見た目が美しかろうが、アリタリアカラーだろうが、もはや時代遅れでしかない。

今ではホークという会社がストラトスのキットカーを販売している。しかし、このキットカーの走りは、なんと表現すべきだろうか…。趣深い。

なので、私はずっとランチアがストラトスの後継車を発売する日を待ち続けていた。ずっとずっと待っていた。

ミニはBMWの手によって復活した。フィアットは500を復活させたし、GMもカマロを復活させた。ランチアにもそれを期待していた。けれどランチアはイタリアの政治家のために醜いフィアットを作るばかりだった。

ところがある日、新型ストラトスの開発計画が発表された。その際には部分的なデザインまで公開された。けれど、ランチアはそうやって期待させるだけさせておいて、未だにガラクタばかりを作り続けている。新型ストラトスが登場する気配はない。

New Stratos

そんなある日、私はTop Gear magazineに掲載された写真を見つけた。私同様に短気で、そして私と違って有能な誰かが21世紀のストラトスを自分で生み出してしまった。

簡単に言うと、このストラトスはフェラーリ 430をベースにホイールベースを200mm短縮することでお馴染みのショートホイールベースを実現している。ロールケージやセラミックブレーキ、パドルシフト(この点は残念だ)、カーボンファイバーインテリアを採用し、V8エンジンの最高出力は540PSまで向上している。

そして最大の特徴はカーボンファイバー製のボディだ。その見た目は昔のストラトスとはまったく違う。40年間イプシロンばかり作ってきたランチアの黒歴史がなければ、きっとこうなっていたであろうというランチアの理想形そのものだ。しかも、この新型ストラトスはピニンファリーナが組み立てを行う。ピニンファリーナが製造し、フェラーリのエンジンを載せ、見た目がストラトスの車。これほど完璧な車が他にあるだろうか。

困ったことに、メーカーの公式サイトの文章はイタリア語からの翻訳なので、歯が浮くような中身のない文面が延々と続いている。どれだけ読んでも要点が見えてこない。試乗記事もあるのだが、どう考えても忖度に満ちており、ただ美辞麗句が並んでいるだけだ。しかも、価格は50万ポンド程度になるという噂まである。

それでも、この車はストラトスだ。ピニンファリーナが作り、フェラーリの心臓を載せたストラトスだ。たとえ銀行強盗をしてでも手に入れたいと思える車だ。サッチャー夫人のカリスマ性とヴィクトリア・ウッドのユーモアとスカーレット・ヨハンソンの身体を持つ女性と過ごせるなら、50万ポンド払ってもいいと思うだろう。ストラトスも同じだ。

なので、かなり気が早いかもしれないが、2011年の個人的カー・オブ・ザ・イヤーはBMW M135iでもシトロエン DS3レーシングでもなく、きっと新型ストラトスになるだろう。もっとも、実際に運転してみないことには何も分からないのだが。