Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェームズ・メイが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アルピーヌ A110のレビューです。


A110

ガレージの扉を開いてアルピーヌ A110を眺めるたび、少し気持ちがもやもやする。そもそも私はレトロなデザインの最近の車が好きではない。そもそも過去を完全に再現することなどできない。

過去のデザインをそのまま流用すると今の法規制に適合できないため、他のレトロカー(フォード・マスタングやフィアット 500、アルファ ロメオ 4Cなど)同様、アルピーヌもクラシックカー風のPC用マウスのようなデザインになっている。過去への妄執に囚われた人のための車の形をしたぬいぐるみなのかもしれない。

それでも、私は昔の車(20世紀以前に製造された車)に乗りたいとは思わない。基本的に昔の車に乗ってもがっかりすることばかりだ。ただし2点だけ例外がある。昔の車は現代の車よりも小さくて軽い。フォルクスワーゲン・ゴルフやポルシェ 911、それにロールス・ロイスは特にその差が顕著だ。

軽さと重さは安全性には悪影響があるのだが、21世紀の技術と組み合わせることで大きなメリットも生まれる。ここからがようやく本題だ。

フランス製のアルピーヌは決して革新的な車ではない。A110はミッドシップの2シータースポーツカーだ。ミッドシップレイアウトにはデメリットも多い。重大なものとして、後方視界の悪さと荷室の狭さが挙げられる。

けれど、ミッドシップレイアウトには走行性能を最大限に向上する魔法の力がある。それゆえ、アルピーヌは私の所有する458スペチアーレとさえ肩を並べることができる。

フェラーリは常にその時代に合わせたデザインをするため、アルピーヌよりも明らかに美しい。そしてだからこそ、フェラーリのデザインは後世に名を残す。エンジン性能もフェラーリのほうが圧倒的に高く、252PSのアルピーヌに対し、458スペチアーレは605PSだ。

フェラーリにはV8エンジンが搭載されるのだが、アルピーヌにはホットハッチと共通の4気筒エンジンが搭載される。しかも、458が自然吸気なのに対し、アルピーヌにはターボチャージャーが使われている。過去への妄執に囚われた人はターボなど受け入れられない。

rear

しかし、アルピーヌはフェラーリよりも300kg近く軽い。ハーレーダビッドソンのファットボーイ1台分の差だ。興味深いことに、この差は458イタリアと458スペチアーレの重量差よりも大きい。

要するに、本物のライトウェイトスポーツカーとは、最初から軽量化を主眼に入れて開発された車のことなのだろう。458イタリアから内装パーツを剥ぎ取り、一部の部品の材質を変更しても真のライトウェイトスポーツになどならない。

少し物理の話をしよう。ほとんどの人は知っているだろうが、車が軽くなれば加速性能も燃費性能も向上する。そしてこちらは知らない人もいるかもしれないが、重量が増加するほどにコーナリング性能は悪化していく。

体感的に理解してもらうために、はしごを水平にして担いでいる状況を想像してみてほしい。軽いアルミ製のはしごよりも重い木製のはしごを担いでいるときのほうが角を曲がるのが大変そうだということはきっと簡単に想像できるはずだ。

この違いを生み出しているのが慣性モーメントと呼ばれるものだ。これは簡単に言えば物を回転させる際に生まれる抵抗だ。車を軽量化するということは、はしごを木製のものからアルミ製のものに交換するようなものだ。

さらに想像を膨らませてみよう。はしごの両端にペンキの入ったバケツを吊り下げている状況を想像してみてほしい。そうすれば角を曲がるのはさらに難しくなる。しかし、2つのバケツを中央寄りに移動させれば曲がりやすくなる。

はしごとバケツの合計重量はどちらの状況でも変わらないのだが、重量物を中心に集中させることでより回転しやすくなる。これがミッドシップカーの利点だ。重量物(エンジンと乗員)を中心付近に配置することにより、車がより機敏に曲がれるようになる。

軽量化の次は小型化の話に移ろう。アルピーヌの全長はフェラーリよりも40cm近く短い。また、公道を走るうえでより重要になってくる全幅はフェラーリより14cm狭い。

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最近のスーパーカーは幅があまりにも広いため、本来の主戦場であるはずの田舎道で存分に楽しむことができない。フェラーリを所有することを夢見る人は多いだろうが、現実的には中世の石垣や対向のトラックに悩まされるばかりだ。

しかしアルピーヌなら、障害物との間に小学生の頃使っていた物差し0.5本分の余裕が生まれる。アルピーヌに乗ると道が広く感じられる。我々よりも小さなリチャード・ハモンドにとって、普通の家がより広く感じるのと同じ効果だ。

小型軽量なアルピーヌには他にも数多くの利点が存在する。軽量な車であればエンジンも小さくできるため、結果的に車をさらに小型化することができる。同様にタイヤも小さくできるのでステアフィールが向上し、グリップを急激に失うこともなくなる。ブレーキも小さくできるのでバネ下重量が抑えられ、乗り心地が向上する。使う燃料も保険料も抑えられるし、他にも数々のメリットがある。

結果、アルピーヌは素晴らしい車に仕上がっている。応答性が高いので実際よりも速く感じられる。インテリアはポルシェ・ケイマンほど上質ではないのだが、もともと重かった車を必死で軽量化したモデルとは違い、貧相な感じはない。装備内容は充実している。

フランス車ながら遊び心にも溢れている。メーターは私好みのデジタル表示で、夜になると液晶に星が輝く。変速するたびに飛び出すように数字が表示され、エンタープライズ号に乗っているような気分になる。

サーキットでは458スペチアーレに惨敗する。最高速度も0-100km/h加速も458のほうが速い。けれど、ブラインドコーナーや慣れない道や対向車が存在する現実世界においては、理論上の数字だけで速さを測ることはできない。

もちろん、458スペチアーレのほうが特別感はある。なにせフェラーリの特別仕様車なのだから。究極的な環境ではフェラーリのほうが楽しい。けれど、より日常的に運転を楽しめるのはアルピーヌだ。


The James May Review: 2019 Alpine A110