Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アストンマーティン DBS スーパーレッジェーラ ヴォランテの試乗レポートです。


DBS

言うまでもなく、新作のジェームズ・ボンド映画も見に行くつもりなのだが、きっとあまり楽しめないだろう。ダニエル・クレイグが演じるようになってからというもの、まともに楽しめた覚えがない。

彼が思い描くボンド像というのは、原作通りの姿で、弱さもあって間違いを犯すこともある。しかし、私は呑んだくれる007の姿など見たくないし、彼が血を流す姿や銃撃に失敗する姿など見たくない。ジェームズ・ボンドはラテン語を話せてスペースシャトルも飛ばせて、空手チョップで敵をなぎ倒していくロジャー・ムーアであってほしい。

クレイグ演じるボンドはそれができない。冷静になって考えてみると、彼が演じたジェームズ・ボンドはことごとく無能だ。『カジノ・ロワイヤル』では恋に落ちた女性が二重スパイであることに気付かなかったし、最終的には彼女を自殺させてしまった。

『スカイフォール』でボンドが愛した女性も元同僚によって射殺された。このジェームズ・ボンドに比べれば、ジョニー・イングリッシュのほうがまだ有能だろう。

しかし、『スカイフォール』最大の問題点は、サム・メンデス監督がアストンマーティンを爆破させたことだ。確かに、映画監督にとっては車などただの金属とプラスチックとガラスの集合体でしかないのかもしれない。しかし、車は単なる金属とプラスチックとガラスの集合体ではない。

なにより、ボンドのアストンマーティンは普通の車以上に重大な意味を持っている。私が4歳の頃からずっと、人生の一部であり続けてきた。DB5のミニカーもたくさん持っていた。にもかかわらず、メンデス監督はクレイグの演技のためにアストンマーティンを爆破した。私も同じようにサム・メンデスの愛犬を爆破してやろうかとさえ考えた。

このDB5は次の『スペクター』では修復されており、次のボンド映画にも登場するらしいのだが、それは死んだ動物を生き返らせるくらい無理がある展開だ。

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ジェームズ・ボンドはアストンマーティンの広告塔であり、DB5を爆破されたままにしておくことは許されなかったのだろう。だからこそ広告代理店はDB5の蘇生を試みた。007がなければ、アストンマーティンはブランドイメージを確立する手段を新たに生み出さなければならなくなる。しかし、アストンマーティンにそんな金銭的余裕など存在しない。

そもそも、アストンマーティンに新型車を開発する予算があるのかさえ怪しい。今回の主題となる新型車の名前は…(深呼吸)…アストンマーティン DBS スーパーレッジェーラ ヴォランテだ。おそらくはメルセデスの使い古し技術を流用し、最新技術のように偽った車だろう。

アストンマーティンは通常のDBSのルーフを取り外したのだが、オープンカーにするためにはさらに電動ルーフを取り付けるためのスペースが必要となる。そのためには排気システムの配置を変更しなければならず、そうすると燃料タンクの配置やボディパネルの設計まで変えなければならない。

アストンマーティンはなんとか車を完成させたのだが、ときにスイッチを押してもルーフが格納されないことがある。それに、荷室は笑ってしまうほどに狭く、排気系の影響でかなりの熱を持つので、鶏を入れておけば鶏の丸焼きを作ることができるだろう。

インテリアにも問題がある。意外にも車内には大人4人を乗せることができたのだが、内装はこれよりよっぽど安いDB11ヴォランテとほとんど同じだ。それではやはり納得できない。

DBS スーパーレッジェーラ ヴォランテの標準価格は247,500ポンドなのだが、25万ポンドもする車を購入するとき、約9万ポンド安い車と同じ内装など許せるはずがない。この車にかかるお金の多くは燃料タンクの配置を変更するために使われており、専用のエアコンやグローブボックスを新造する予算など残らなかった。

ここまで読んでがっかりしたと感じる人もいるだろうが、まだ記事は終わっていない。スーパーレッジェーラはイタリア語で「超軽い」という意味なのだが、実際はまったく軽くなどない。2人が乗った状態の総重量は2トンを超える。そのせいなのか、フロントのスキッドプレートは幾度となくスピードバンプに擦ってしまった。それに、タイヤはあまりにも薄く、駐車場の入口にあるちょっとした段差でもホイールを擦ってしまう。スーパーグラッソ(超肥満)に改名したほうがいいだろう。

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運転中にも重さを感じる。軽やかさなど微塵も存在しない。けれど、この車は速い。フウセンムシのようなすばしっこさはないのだが、ロケットのような速さはある。ただ、速すぎるのでウェット路面では細心の注意を払ってスロットル操作を行わないとすぐにクラッシュしてしまう。それどころか、ドライ路面でもそれなりに注意する必要がある。

ここで疑問が生じる。破綻なくパフォーマンスすべてを発揮させることが不可能なら、9万ポンド節約してDB11ヴォランテを購入したほうがいいのではないだろうか。DB11なら持つ性能すべてを引き出すことができる。内装も同じだ。それに、快適性もDB11のほうがわずかながら優れている。

アストンマーティンは身の丈に合わない車を作ろうとして失敗した。DBSの開発陣をピアニストに例えてみよう。そのピアニストは友人や知人を愉しませることはできるのだが、タキシードを着てロイヤル・アルバート・ホールの壇上でリストの『ラ・カンパネラ』を演奏するほどの技量は持っていない。

最高速度340km/h、247,000ポンドの車を開発したいなら、それに見合った予算をかける必要がある。確かに、DBS スーパーレッジェーラ ヴォランテは見た目だけなら史上屈指の美しさを誇るし、加速性能はかなり高いし、排気音も迫力満点なのだが、全体的な完成度を見ると欠陥品でしかない。

ひょっとしたら、新しいボンド映画は傑作かもしれない。けれど、私は期待などしていない。このままいけばクレイグの後継はアンシア・ターナーになるだろうし、車も日産 リーフに変わるだろう。そんな時代が来れば、イギリスで最も愛されてきた自動車メーカーに終焉が訪れることになる。

誰もがアストンマーティンを求めるのは、誰もがアストンマーティンに憧れていたからだ。けれど、DB11ヴォランテという素晴らしい車があるのだから、まだ絶望することもない。この価格帯でDB11よりも優れた車など他に存在しないのだから。