Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・ゴルフGTI TCRとメルセデスAMG A35 4MATICの比較レビューです。
私の知り合いに、買い物のたびに妻にいたずらを仕掛ける男がいる。彼は妻と一緒に服屋に入店すると、裏声で「こっちを見て!」と叫び、そのまま急いでその場から逃げてしまう。当然、店員は彼がいた場所を見るのだが、そこにいるのは取り残された妻だけで、ただ「私じゃないです」と言い訳することしかできない。当然、彼女はこんな夫に辟易しているはずだ。
しかし不思議なことに、誰かに見られたがっている人は多い。以前、シンガポールのプールでめかし込んだ女性が髪を靡かせながら2時間延々と自撮りをしていた。その後、ありとあらゆる電子機器を使い、ウエストをより細く、尻をより巨大に、胸をより豊満に加工した。
こんなことは珍しくないそうだ。それどころか、ミレニアル世代の4人に1人は有名になれるなら仕事をやめてもいいとさえ思っているそうだ。
SNSに写真やポエムを投稿するとき、人はだれでも「いいね!」を欲している。新しい靴を買うのは、周りの人間を嫉妬させたいからだ。むしろ、店に入ったときに「こっちを見て!」と言わないことに違和感を覚えている。何かを買うのは人に見てもらうためなのだから。
車も同じだ。探偵は目立つべきではないはずなのだが、ジム・ロックフォードはポンティアック・ファイヤーバードを乗り回していたし、トーマス・マグナムはフェラーリに乗っていた。そういえば、1990年代にやっていた探偵ドラマでは、イモジェン・スタップス演じるヒロインがサンビーム・アルパインに乗っていた。しかも彼女はミニスカートにストッキングを穿いていたのだが、いったいどうしてだろうか。
探偵だけではない。新車を買ったとき、隣人が悔しがる姿が見たくなるはずだ。そういう意味では、フォルクスワーゲン・ゴルフGTIには問題がある。
初代ゴルフGTIはどれだけ車に興味がなかったとしてもどこか特別な車に感じられた。スタイリング、アルミホイール、窓枠、フロントグリルの赤い囲い、それらすべてが周りの人間に存在感を主張した。
ところが、それ以降のGTIは低級グレードと見分けが付かなくなってしまった。ひょっとしたらゴルフGTIの魅力が薄れていったのはこれが理由なのかもしれない。きっと本当は、誰もが出る杭になりたいのだから。
最新モデルではそんな人に向けた改良が行われている。ボディサイドにチェッカーボードが描かれ、リアスポイラーと巨大なリアディフューザーを装備したTCRというモデルが私のもとにやってきた。田舎臭いアマチュア俳優たちの中にいるブラッド・ピットがごとく、他のゴルフとは一線を画していた。
私はゴルフGTIが好きだ。何年間か7代目モデルを所有していたこともあるし、今でも7代目GTIは史上屈指の名車だと思っている。フォルクスワーゲンの中でも優秀な技術者はブガッティやベントレーで働いていると思っている人もいるかもしれないが、実際はゴルフを開発している。実際にゴルフに乗ってみればすぐに分かるはずだ。
TCRは表向きではツーリングカーレースにおける成功を祝うモデルとされている。ただ実際は、8代目ゴルフが登場するまでの間、設計の古い7代目ゴルフの魅力をなんとか維持するために作られたモデルなのだろう。
そうはいっても、ただステッカーとスポイラーを付けただけのモデルではない。2Lターボエンジンの最高出力は245PSから290PSまで向上し、ほぼフェードすることのない素材で作られた大径ブレーキが装備され、冷却のためにラジエーターは2個増設されており、地上高も5mmほど低くなっている。オプションで250km/hのリミッターを解除することもでき、最高速度は264km/hとなる。
TCRは素晴らしい車だ。GTIに近いのだが、より鋭く切れ味が良い。アクセルを穏やかに踏み込めば、威圧的な音とともに圧倒的なパフォーマンスが発揮される。
確かに、ルノーやヒュンダイのホットハッチのほうが本格的なのだが、この2台にはゴルフのようなしなやかさや快適性は存在しない。TCRはかなり速いのだが、それでいて狂気的ではない。しかし問題もある。メルセデスAMG A35 4MATICという車の存在だ。
A35はゴルフと同等サイズのAMGのエントリーモデルだ。私に用意されていた試乗車はマット塗装で、リアディフューザーや巨大で派手なグリルが装備されており、まさに「こっちを見て!」と主張していた。
A35にはゴルフと似たようなエンジンが搭載されているのだが、A35の最高出力は306PSだ。おそらくはそれゆえに4WDとなっているのだろう。それほどこの車は速い。アクセルを踏み込むと車が悪魔へと変貌する。その走りは狂気的で、路面の衝撃ははっきりと伝わってくるし、景色はあっという間に過ぎ去ってしまう。とてつもなく楽しい。
車内の居心地は良い。ゴルフの車内はまさにゴルフなのだが、この小さなAMGには特別感がある。横長のディスプレイには重要な情報すべてが表示されており、エアコン吹出口の代わりに宇宙船のエンジンが装備されている。しかも、ボイスコマンドは”Hey, Mercedes”と言えば作動するそうだ。
AMGの走行性能はルノーやヒュンダイのホットハッチと同等なのだが、フランス車とも韓国車とも違う、明らかなドイツ車らしさがある。普通、乾いた路面で4WD車に乗っても、4WDシステムの挙動を感じることはないのだが、A35ではそれがはっきりと感じられる。
では、A35とゴルフ、どちらを選ぶべきなのだろうか。これは難しい問題だ。TCRはゴルフの中では最も高価なモデルだ。一方、AクラスはAMGの中では最も安いモデルであり、一等地の小さなアパートのような存在だ。不動産業者が言うように、こういう物件は実にお買い得だ。
ただし、Aクラスの始まりは失敗した電気自動車開発計画であり、最悪の操作性により転倒事故を起こしたことも有名だ。こういった歴史を考慮すると、なかなかAクラスを購入しようとは思えないかもしれない。フォルクスワーゲンを3台、AMGを3台乗ってきた私も躊躇してしまうだろう。
居住空間や荷室容量、快適性などを基準に選ぶのも難しい。低速域の乗り心地はゴルフのほうが優秀なのだが、高速域ではメルセデスが逆転する。価格はどちらも約35,000ポンドなので比較しようがない。
さすがに結論を書かなければならなくなってしまった。本来なら、ここでどちらが勝ちなのかはっきりさせる必要がある。しかし、自動車評論家として積み上げてきた30年間のキャリアの中で初めてのことなのだが、結論を出すことはできなかった。
auto2014
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