Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アウディ TTSのレビューです。


TTS

眠る方法はいくらでもある。ジェームズ・メイが電気のメカニズムを説明している姿を想像すればいい。しかし、編集されたテレビの中のジェームズ・メイしか見たことがない人にはこの技は通用しない。そんな人におすすめなのがアウディ TTだ。

TTは最も退屈なスポーツカーだ。欠点などなく、外交官の握手のように完璧な車だ。上質なスーツを着て、100点の笑顔で対応してくれる。決して怒ることはない。相手がどんなことを言おうと、全てに同意してくれるだろう。

私がTop Gearの一員だった頃、TTでアイスランドに行き、テレビ史上最も退屈な20分間の映像を収録した。空と氷河と溶岩原が広がる景色は映像に彩りを与えてくれたのだが、それでも誤魔化しきれないほどに内容がつまらなかった。私も何かしら上手い例えを絞り出そうとしたのだが、無駄だった。TTはただの「優れた車」でしかなかった。

その後、The Grand TourではクロアチアでTT RSに乗った。その時の内容を覚えている視聴者など存在しないだろう。1986年の火曜日に食べていた昼食を覚えていないのと同じだ。

TT RSは素晴らしい車だ。日産 GT-Rにすらついていけるほどの狂気的なスピードを出すこともできる。ラリーコースではアリエル・ノマドを追い越すことさえ可能だ。剛性は高いし、作りも良いし、音も見事だし、値段もそれほど高くないし、…私が覚えているのはこれくらいだ。

アウディ RS3についてなら鮮明に思い出すことができる。RS3は車好きの心を掴むことができる車だ。一方のTT RSの中身もRS3とほとんど同じなはずなのだが、車好きの心にはまるで引っ掛からない。

まるで夕方の番組で司会をしている金髪の女性のようだ。誰を見ても魅力的だし、仕事の腕もある。見ているこっちも心地良くいられる。しかし、彼女らが口にするのは当り障りのない言葉ばかりだ。間違っても放送禁止用語など言わない。

裏では猫を虐待したりYouTubeでテロリストの動画を見ているのかもしれないが、少なくともテレビ画面の中では、自我のない言葉と口紅と美しいブロンドヘアーしか見ることはできない。

interior

先週、家を出ると、そこにあったのは新しいアウディ TTの試乗車だった。試乗車はTTSのロードスターだった。なんということだ。きっとアンシア・ターナー司会の番組で仔犬を紹介するような状態になってしまうだろう。予想外の事件など起こりえない。ただ30分間ずっと空虚な「可愛い~」が流れ続けるだけだ。

内装を見ると、デザインはよく考えられているし、荷室も広いということが理解できた。操作ダイヤルは大きくて使いやすかった。ナビはメーター内に装備されているため、視線移動が少なくて済む。シートはサポート性が高く、快適だ。

人類は100年以上にわたって車を作り続けており、中でもアウディは車作りが得意な企業だ。かつて運転中に感じた苛立ちはすべて消え去っている。非常に常識的で、この上なく実用的だ。

しかし幸いなことに、TTSロードスターには意外性も存在した。ロンドン中心部を運転していると、健全な夕方番組に突然象の糞が登場するかのごとき衝撃が走った。ロンドンの路面は悪いため、まともに設計されていない車で走るとかなり不快だ。そしてなんと、TTSの乗り心地もかなり悪かった。

サスペンションをコンフォートモードにしても問題は解決しなかった。同乗者が文脈の通るメールを打つことはできない。もちろん、スポーツ仕様なので乗り心地の悪さには妥協するべきなのかもしれないが、ならばどうして快適性の欠片も存在しない「コンフォート」モードなどが存在するのだろうか。

私はロンドンから地方部まで長距離移動をしようとしたのだが、出発してすぐ、車を停めてルーフがちゃんと閉まっているのか確認せざるをえなくなった。しかし、ルーフはしっかり閉まっていた。それほどまでにこの車はうるさい。

高速道路の制限速度以下ではキャンバスルーフに分子が衝突するたびに音が聞こえるし、さらにスピードを出すとその音は圧倒的なタイヤの騒音によりかき消される。運転していると頭痛がしてくるほどの騒音だ。

翌日は晴れていたので、ルーフを下ろして田舎道を運転してみた。そうすることで、ようやく平常運転になった。それどころか最高の1日だった。昼食も美味しかったし、映画で例えるなら『アベンジャーズ/エンドゲーム』だろう。21世紀の傑作だ。

rear

しかし、そのまま開けた場所に到着すると、さすがに不安になってきた。風がかなり強くなってきたので、車も穏やかさを失ってきた。しかし、フロントシート後方のウインドディフレクターを上げるボタンを見つけ、それを押すともはや風など感じなくなった。

TT RSほど速いわけでも音が心地良いわけでもないのだが、TTSのほうがシンプルで安いし、価格以上のものを持っている。街中での乗り心地は悪いのだが、郊外に出れば耐えられるレベルになるし、ステアリングの完成度も高い。それに、この車は最近のアウディとしては珍しく、ブレーキが鳴くこともない。

しかし、私自身はTTSが欲しいとは思わない。高速域ではあまりにもやかましいし、道の悪いロンドンの街中を走る機会も多い。しかし、最大の問題は別にある。こういう車は用事もないのに運転したいとは思えない。むしろ健康のために歩きたいとさえ思ってしまう。

メルセデス SLCやBMW Z4も同じだ。まだどちらも運転していないのだが、どちらにしてもTT同様に色気を感じない。いずれもただの優秀な機械だ。しかし、我々がオープンカーに求めているのは他とは違う何か、他とは違う個性だ。

なので、むしろ車としてはよっぽど不出来なトライアンフ TR6のほうが魅力的に感じる。トライアンフは気温が下がるたびに壊れるだろうし、気温が上がるたびにオーバーヒートするだろうが。