Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2010年に書かれたBMW 530d ツーリングのレビューです。


5 series touring

演劇のレビュー記事を読んでも、ほとんどの場合、読者の感想は評論家の意見とまったく異なる。劇場では回を重ねるごとに演技も変わってくる。役者が何らかの理由で演技に集中できない回もあるかもしれないし、代役が出演している回もあるだろう。隣の観客が制御不能な屁に悩まされているかもしれないし、自分に致死的な心臓発作が起こるかもしれない。

飲食店の評論も同じだ。A.A. ギルが五つ星評価をしている店でも、読者が行く日にどんなことがあるのかは誰にも分からない。その日の朝、従業員宛に借金の督促状が届くかもしれないし、それで自棄になった結果、スープの中で用を足してしまうかもしれない。

けれど、車の場合はそういうこともなさそうだ。車はロボットにより組み立てられている。ロボットには個人の事情などなければ屁に悩まされることもないし、借金なんて概念も存在しない。つまり、私が試乗した車と読者が乗る車はまったく同一のはずだ。しかし実のところ、この仮定は間違っている。

車を買う時にはホイールを大径のものに変更することもできる。もちろん、そうしたくなる人の気持ちも分かる。大きなホイールのほうが車の見た目も良くなる。けれど、その代償として、車の走りまで大きく変わってしまう。

特に顕著なのがレンジローバーだ。19インチホイールを装着した場合、見た目は乳母車に乗った象くらい不格好なのだが、乗り心地はこの上なく良好だ。一方、20インチホイールを装着した場合、見た目はかなり良くなるのだが、数キロ走っただけで歯の詰め物がすべて抜けてしまう。

少し技術的な話をしよう。大径ホイールを装備するためには低扁平(サイドウォールが薄い)タイヤを履かせなければならない。そうしないとタイヤの外径が大きくなってしまい、結果的にギア比も快適性もパフォーマンスも滅茶苦茶になってしまう。

19インチホイールを装備した際のタイヤの厚みが3インチであると仮定すると、蛍光ジャケットを着た猿どもが整備した路面の凹凸と乗員を隔てる柔らかい空気の層が3インチできることになる。そしてタイヤの外径を変えずに20インチホイールを履かせた場合、空気の層は2インチまで減ってしまう。その結果、歯医者に行かなければならなくなってしまう。

もちろん、低扁平タイヤのほうがグリップ性能は高くなる。これはランボルギーニ・ガヤルドを購入するなら重要なポイントだ。しかし、巨大で背の高いオフロードカーを購入する時にグリップ性能など重視する必要はない。女王にトイレが不要なのと同様、レンジローバーにも低扁平タイヤなど不要だ。

問題は他にもある。何年も前、愛車がフォルクスワーゲン・シロッコだった頃、私はタイヤの幅を広くすれば見た目も良くなると考えた。なので標準装備の175/70タイヤ(サイドウォールの厚さがタイヤ幅175mmの70%という意味)から205/60タイヤに交換した。

rear

ここで計算をしてみよう。175mmの70%は122.5mm、205mmの60%は123mmだ。こんなことを書いているとジェームズ・メイだと思われてしまいそうだが、この場合、サイドウォールの厚さはほとんど同じだ。

この結果、幅広のタイヤが履けて、車の見た目が良くなり、彼女もできるはずだった。しかも、私が購入したのは当時最新のグッドイヤー製ホワイトウォールタイヤだった。

ところが、タイヤの幅を広くしたことでステアリングを最大まで切るとタイヤがホイールアーチに干渉するようになってしまい、しかも低速域でのステアリング操作がかなり重くなってしまったため、駐車場から出る前に汗まみれになり、脇からは悪臭が漂うようになってしまった。

ゴミ箱くらい巨大な排気管を付け、塗装と見紛うほど薄いタイヤを履いた車高短のシトロエンやヴォクスホールを見かけるたび、私は憐憫の情に駆られる。彼らは将来腰を痛め、酷い体臭に悩まされることだろう。これだけの犠牲を払って何が得られるだろうか。彼女ができるのだろうか。断言するが、タイヤの幅が広いからといって寄ってくるような女性など存在しない。

女性はタイヤの違いになど気付かない。ましてわざわざタイヤの違いなど説明しようものなら、退屈な人間だと思われてしまうし、しまいには寝てしまうだろう。

そしてこれがBMW 530dツーリングの話に繋がる。この車には17インチ、18インチ、19インチの3種類のホイールが設定される。上述した説明を踏まえて考えてみると、賢明な読者なら当然17インチを選ぶべきだと考えるはずだ。ましてこれはディーゼルのステーションワゴンであり、ニュルブルクリンクのラップタイムなど無関係の車だ。

しかし、現実はそう単純ではない。530dのサスペンションは明らかに中間である18インチホイールに合わせてセッティングされている。では、18インチホイールを選択すればいいのだろうか。

今回私が試乗したのは最大の19インチホイール装着車だった。しかも履いていたのはランフラットタイヤだった。ただでさえサイドウォールが薄いのに、パンクに耐えられるように設計された硬いランフラットなど履こうものなら、階段をお盆に乗って滑り降りるような乗り心地になりそうだ。

しかし、その予想は裏切られる。試乗車にはアダプティブダンパーとアダプティブリアスタビライザーが装備され、「コンフォートシート」とやらも装備されていた。その結果、大径のランフラットタイヤが作り出す問題を完璧に解決している。私がこれまで乗ってきた中でも指折りに乗り心地の良い車だった。

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ホイール径をたかが1インチ増やすためだけにダンパーやスタビライザーに2,200ポンドもオプション費用を支払うのは馬鹿らしいし、コンフォートシートを装備するためには1,270ポンドもかかる。

しかし、もっと巨視的に見ると、試乗車には2,820ポンドのダイナミックパッケージに940ポンドのヘッドアップディスプレイ、1,605ポンドのスポーツトランスミッション等々、数えきれないほどのオプションが付いており、快適装備にかかる費用など微々たるものでしかない。試乗車のオプション総額はなんと16,900ポンドで、結果全体の値段は56,000ポンドを超えていた。ミドルクラスのディーゼルステーションワゴンとしてはどう考えても高い。

けれど、これはとてつもない車だ。3Lターボディーゼルエンジンには「究極のドライビングマシン」を標榜するメーカーに相応しい性能などない。しかし、快適性、経済性、環境性能に関しては完璧としか言いようがない。

荷室のフロア下にはまた荷室があるので、食材を愛犬に食い荒らされる心配もないし、インテリアは完璧で、実用性もかなり高い。リアシートは簡単に畳むことができ、片腕に子供を抱えながらでも操作できる。リアにも十分な居住空間があるし、質感も申し分ない。ドアを閉めると、朝霜に覆われた大地に銃で撃たれたキジが落ちる音がする。

キジを撃つ楽しさを知らなければ、レンジローバーなど誰も必要としない。そしてレンジローバーが必要ないなら、必要になるのは530dツーリングだ。メルセデスやアウディの競合車と比べても明らかに優れているし、なによりBMWらしいバランスの良さが常に感じられる。電子制御のソースにまみれてはいるものの、肉自体の良さもちゃんと実感できる。

旧型5シリーズの見た目には癖があったのだが、新型は正統派でスタイリッシュだ。ボンネットは荒れた水面のようだし、リアは若者の尻のようだ。

どれだけ細かいところに目を配っても、まったく気に入らない部分が見つからなかった。ただし価格は例外だ。もちろんオプションを付けなければまともな価格設定に戻るのだろうが、その車は私が評価した車とはまったく違ったものになるだろう。