Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、メルセデス・ベンツ S560eLのレビューです。


S560e

木曜日の午前中に学校で習ったことなど全く頭に残らなかった。教室の前の方にいる人間がジェーン・オースティンやアダム・スミスについて何か単調に語っていたことはおぼろげに覚えているのだが、まるで話など聴いていなかった。私は教科書に挟んだ音楽雑誌を読み、それが終わるとクロスワードを解いたりしていた。

しかし、ある木曜日のことだ。私はクロスワードを解くことができなかった。なぜなら、レッド・ツェッペリンのプライベートジェットからロバート・プラントとジミー・ペイジが降りてくる写真に圧倒されたからだ。もちろん、写真には2人以外に可愛い女の子たちも写っていた。ジェフリー・チョーサーについて語る教師の声をBGMに私は考えた。
一体この飛行機の中で何が起こっているのだろうか。

この写真は私の人生を変えた。この写真もそうだし、ピンク・フロイドの『タイム』の歌詞もそうなのだが、オースティンやスミスやチョーサーに学んだところで、中間管理職のベルトコンベアの上をスーツを着て流れていくだけの人生を送るだけだということを理解させてくれた。私はそんな人生は嫌だった。プライベートジェットで世界を飛び回るような人生を送りたかった。

はっきり言ってしまうと、私の希望は叶った。過去20年間でプライベートジェットには何度も乗ったし、そこから降りる私を見た一般人たちはきっと「あんな人間になりたい」と思うはずだ。ただしイギリス人だけは例外だ。イギリス人は「あんな人間を引きずり下ろしてやりたい」という考え方をする。

しかし、実際のプライベートジェットは理想とは違う。プライベートジェットだろうがセキュリティチェックは行われるので、性器を触られる屈辱は避けられない。そこからグレーの椅子とビジネス誌だらけの窓のない部屋に移動し、靴下を履かずに靴を履くような男たちに囲まれながらCNNを見て過ごさなければならない。

ようやく飛行機に乗り込むのだが、機内の天井の高さは5cmほど足りていない。トイレにはスーツケースをどかさなければ入れないし、ハリー・フーディーニすら苦しむほどの姿勢で用を足さなければならない。

rear

飛行機が離陸すると、厚化粧の女性がやってきて昨日の作り置きのサンドウィッチとプラスチック製コルクの付いたシャンパンを持ってくる。飛行機が飛ぶような高度では隙間のある本物のコルクを使うとシャンパンが吹き出し、そのまま窓を突き破ってしまうそうだ。

ぬるいシャンパンと味の落ちたサンドウィッチを食べながら数時間を過ごすと、ようやく空港に到着するのだが、そこは自宅最寄りの空港ではなく、だいたいはルートンあたりで降ろされる。そのほうが利用料金が安いからだ。周りの人間はキャビンアテンダントとお楽しみだったと思うのだろうが、実際そんなことは不可能だ。

勘違いしないでほしいのだが、別に私はプライベートジェットが悪いものだと言っているわけではない。プライベートジェットであれば涎を垂らして眠っている姿を誰かに撮られてInstagramに上げられることもない。

なので、確かに食事は不味いし退屈なのだが、プライベートジェットが使えるときには積極的に使うようにしている。

しかし、今では状況が変わってきている。先日、サセックス公爵夫人が出産前祝いのパーティーに出席するためにニューヨークまでプライベートジェットを利用し、大きな批判を集めた。

レオナルド・ディカプリオもエコ偽善者のレッテルを貼られてしまい、プライベートジェットの利用を諦めざるをえない状況となっている。その結果、プライベートジェットのレンタル企業は顧客に対し、植樹活動や緑の募金を求めるようになってしまった。

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確かに、プライベートジェットを使うと不必要に二酸化炭素が排出されてしまうのだが、私はそんなことなどまるで気にしていない。私がLCCを使ったところで、地球の寿命がどれだけ延びるのだろうか。0.0000001秒だろうか。もっと少ないかもしれない。

そしてこれがメルセデス・ベンツ S560eの話に繋がる。Sクラスといえば道路を走るプライベートジェットだ。S560eはハイブリッド仕様で、企業のお偉方はこれに乗ることで地球のことを考えているような顔をすることができる。

ボンネット内には3.0L V6エンジンが搭載されている。このサイズの車用のエンジンとしては排気量が少なすぎるため、モーターも搭載されている。合計でシステム出力は476PSを発揮し、最大トルクは71.4kgf·mとなる。この結果、0-100km/h加速5秒を記録する。

あまりにも高性能なため、発進のたびに頻繁にホイールスピンが生じてしまう。なので、後部座席に座る要人を怒らせないよう、運転手は細心の注意を払う必要がある。

問題は他にもある。別に速度違反を推奨するわけではないのだが、この車で160km/hまで加速させてみると、リアシートの乗り心地は顕著に悪化する。おそらくはバッテリーやモーターによる重量増加が関係しているのだろう。

メルセデスによると、モーターのみで約50km走行できるらしいので、ロンドン市内であれば問題なく通勤に使えそうだ。ところが実際は34kmでエンジンが始動してしまった。とはいえ、エンジンは穏やかなので、それほど気にならない。充電にはエンジンを使うこともできるし、充電器に繋ぐこともできる。

back seat

それに、リアシートの居心地はかなり良い。運転手がスピード狂だと顎がガクガクになってしまうのだが、そうでなければ大きな枕がしっかりと頭を包み込んでくれるし、電動レッグレストまで用意されている。足元はあまりにも広く、脚を伸ばしても前席には届かなかった。

なにより嬉しかったのは、DVDプレイヤーの存在だ。もちろん、今の時代、インターネットストリーミングで映画を見ることができるということは知っているのだが、年寄りはそういうものを使わない。年寄りは古い技術が好きだ。

先週、マンチェスターで『Who Wants to Be a Millionaire?』の収録を終えてベンツのリアシートに乗り込み、映画『明日に向って撃て!』を視聴した。ブッチとサンダンスが敵の銃撃を避けるシーンでチッピングノートンに到着し、これほど素晴らしい移動時間の過ごし方はないと感じた。

自分の好きなサンドウィッチを食べ、好きなワインを飲み、好きな映画を見て移動できる。こんなに最高な移動はない。しかし気になることもある。ベントレーも似たようなハイブリッドカーを開発しているらしいのだが、そもそもこんな車がエコなのだろうか。

S560eを購入するのは、ニューヨークまでプライベートジェットで移動し、到着後に罪滅ぼしのために植樹活動にお金を払うようなものだ。そんなことをするくらいなら、最初から何も気にせずにAMGを買ったほうがいいだろう。