Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ポルシェ・マカンのレビューです。


Macan

先日、友人の40歳の誕生日を祝うため、友人たちとともに飛行機でシエナへと向かった。フィレンツェに到着すると、他の乗客たちはうんざりするような手続きを経て、およそ40ccのフィアット・ウーノを借りていた。車体は傷だらけで、車内には不快な臭いが漂っている。彼らはこれから数日間、勝手に左に進みたがるウーノと格闘して過ごさなければならない。

幸いなことに、私にはポルシェが用意されていた。友人も私の幸運を喜んでくれた。どれくらい喜んでいたかといえば、友人のほとんどは私を無視するか、トスカーナの熱気にうなされながらうんざりした様子で重い荷物を引きずった。

同行者のうち2人を一緒に乗せていくつもりだったのだが、てっきり911が来ると思っていたので、定員の心配をしていた。しかし、実際にやってきたのは小型SUVのマカンの、しかも4気筒エンジン搭載車だった。要するにこれは、ポルシェで最も安価な車種の中でも最も安価なグレードだ。

しかし、私は気にしなかった。トスカーナでは速い車など不必要だ。晴れ空のもと、延々と続く渓谷を眺めながら何時間でも運転していられる。

ロンドンから自分の家まで移動するときには楽しくてパワフルな車が必要だ。そこでは多数のプジョーを追い越す必要がある。それだけに限らず、ほとんどの場合、楽しくてパワフルな車に乗りたいと思う。車を運転するときには、興奮を、轟音を、技術の粋を感じたい。けれど、トスカーナの場合、空調の効いた景色を眺めるためのスペースさえあればいい。

正直に言ってしまうと、マカンがどんな車だったかなどまったく覚えていない。3日間借りていたのだが、まるで思い出せない。しかしそれでも困ることはなかった。事務の手違いでロンドンに帰ってきたときに用意されていた試乗車も別のマカンだったからだ。

こちらのマカンは緑色だった。かなり緑色だった。ジョージ・モンビオットやグリーン議員よりも緑色だった。長く続いた雨が晴れ、夕日に照らされる草以上に緑色だった。

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広報車が派手な緑色なら、自動車雑誌に掲載されたとき、歯医者の待合室で暇つぶしに読んでいる人でも目を留めるだろう。個人的にも気に入った。

インテリアも気に入った。マカンはつい最近マイナーチェンジされたばかりで、テールランプの左右が繋がり、ダッシュボードがかなり魅力的になった。928の時代から変わらない、平らな場所をボタンで埋め尽くすという手法が特に気に入っている。ボタンはルーフにもたくさんある。ボタンというものは男心をくすぐる。

ディーゼルエンジンは消滅し、代わりに2Lのガソリンターボが用意されている。しかし、これはディーゼルの代わりにはならない。ホッキョクグマを守ることを第一に考えられているため、ドライバーが車から飛び出すくらいの勢いでアクセルを踏み込まなければ加速が起こらない。ちょっと加速したいときにもアクセルをかなり奥まで踏まなければならず、シフトダウンさせようとすると足が床を突き抜けてしまう。

スポーツモードに変えても問題は解決しない。このボタンを押しても、もともと悪かった乗り心地は変わらない。きっとポルシェはボタンを配置するのに夢中で、それぞれのボタンに機能を与えることを忘れたのだろう。エアコンのオートボタンを押しても小さな赤い光が点灯するだけだ。

マカンは運転していて楽しいわけでもないし、速いわけでもないし、リアシートも荷室もそれほど広くない。4WDではあるのだが、低扁平タイヤは駐車場でやたら滑りまくった。しかも、欠点はこれだけに留まらない。

アンディ・ウィルマンという人間のことはきっとご存知だろう。彼は天才だ。かつてはTop Gearのプロデューサーで、今はThe Grand Tourのプロデューサーをしている。彼の番組編集技術は天才的だ。何が受けて何が受けないかをちゃんと理解している。私を常識人のように見せることも、ジェームズ・メイを面白い人間に見せることさえできる。

しかしおかしなことに、彼は過去20年間にわたって狭く暗い部屋で車の映像を眺め続けてきたにもかかわらず、彼はその車自体にはあまり興味を持っていない。

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彼の最初の愛車はダットサン・サニーで、それ以降の車歴は転落の一途を辿った。ミニ カントリーマンに乗っていたことすらあった。彼はメーカーの広報車を好き勝手に借りられる立場にあるので、ランボルギーニやアストンマーティンを乗り回すことだってできた。にもかかわらず、彼は1.2Lを求めた。そのため、彼は基本的にヒュンダイに乗っていた。

先日、彼がBMW M3を購入し、周囲の人間を驚かせた。しかし、彼は車の四隅すべてに傷を付け、結局M3を売却した。次の車はひょっとしたらボリス・ジョンソンのトヨタ・プレビア(日本名: エスティマ)になるかもしれないし、あるいはローバー 75かもしれないと思っていたのだが、結局購入したのはマカンだった。

マカンの乗り心地は悪いし、エンジンは無力だし、室内は狭いし、存在価値のないボタンばかりが多数並んでいるのだが、そんな数多の欠点を彼は気に留めなかった。私はその理由を探ってみることにした。

マカンが登場したのは2013年のことなのだが、基本設計は登場から5年が経過していた当時のアウディ Q5と共通だった。今やQ5には新型モデルが登場しているのだが、マカンの基本設計はいまだに旧態依然だ。つまり、トニー・ブレア政権の時代のプラットフォームが使われている。それから、ゴードン・ブラウン、デーヴィッド・キャメロン、テリーザ・メイと時代が過ぎていった。

そもそものQ5自体、車としての完成度は高くない。私とジェームズ・メイ、リチャード・ハモンドの3人が意見を同じくすることなどほとんどないのだが、Q5は全会一致で嫌いだった。トヨタ・ピクニック(日本名: イプサム)と同じくらい退屈な車だった。

Q5とは違い、マカンにはポルシェのバッジが付いているし、緑のボディカラーを選ぶこともできる。しかし、青銅器時代に設計されたつまらない車と基本設計を共有する車を大枚を叩いて購入する意味をよく考えてみてほしい。

マカンは、トスカーナどころか、世界のどこで運転しても存在感の薄い車だ。きっとだからこそ、車に興味のないウィルマンはマカンを購入したのだろう。そしてだからこそ、私は決してマカンを購入しない。