今回は、1989年にローワン・アトキンソンが英国『CAR Magazine』に寄稿したランチア・デルタ HFインテグラーレのレビュー記事を日本語で紹介します。


Delta Integrale 16V

自動車でもアイロンでも掃除機でも何でもいいのだが、いい買い物をしたと実感したことはどれくらいあるだろうか。どれだけの距離を運転しても、どれだけのシワを伸ばしても、どれだけゴミだらけの部屋を掃除しても、どれだけ酷使しても壊れないほどの信頼性を持つ相棒のような存在に出会ったことはあるだろうか。

新型モデルが登場するとき、さまざまな点が改善されたと謳われる。出力が向上し、警告ランプが追加され、新色が、新機能が追加されたと宣伝される。そしていろいろと悩んだ末、多くの人が新型モデルを購入する。しかし結局、その大半は大した製品ではない。

私は何ヶ月間も悩み続け、結局16バルブのランチア・デルタ HFインテグラーレを購入し、つい先週納車された。内装はイタリアらしい才覚に溢れ、膨らんだボディサイドは輝かしく私の姿を反射した。

私は2年間、普段使い用に8バルブのインテグラーレを所有していたのだが、4ヶ月前に手放した。それから16バルブのインテグラーレに関する記事をたくさん読んだのだが、どれを読んでも批判的な言葉ばかりが並んでいた。「過大評価されている」「値段が高すぎる」…。やはり新しいインテグラーレも大した車ではないのだろうか。

まず慎重に1600kmほど運転し、それからさらに1000kmほど普通に運転してみた。そこで気付いたのだが、この車はかなり良い車だ。

確かに価格は高い。オプションのABS込みで21,000ポンドもする。しかし、インテグラーレほどの速さを実現している車は他にほとんどない。エンジン性能が高く、ハンドリング性能も自由自在で、なによりボディサイズが小型なので、現実の道路をこれ以上速く移動できる車はないだろう。

8Vモデルの欠点は見事に改善している。8Vは195mm幅のミシュラン MXVに対してホイールアーチが巨大すぎたので、車全体としてはむしろ貧弱に見えてしまっていたのだが、16Vは205mm幅のピレリ P700を履いている。おかげで、見た目もグリップも明らかに改善している。

MXVは少しソフトすぎると感じていたし、飛ばすとグリップを失い気味だったのだが、ピレリは強固でシャープだ。その結果、乗り心地やロードノイズは悪化してしまっているのだが、それ以外の走りの安心感は格段に向上している。

特に街中ではかなり苛立たしかったターボラグも、8V用よりも小型のガレットT3ターボチャージャーの採用によりある程度は改善している。とはいえ、依然として街中では扱いづらく、60km/h程度までの加速は苦手だ。

rear

そもそもターボ車の多くがゼロ発進加速が苦手なのだが、インテグラーレはさらに低速ギアのギア比が高すぎる点も問題となる。青信号からの加速を試みても、普通の車より明らかに反応が鈍い。

しばらくして突然加速がはじまると、今度は狂気的に加速していく。その頃には既にタコメーターがレッドゾーンに入ってしまうので、ドライバーは慌てて変速しなければならない。決して運転しやすい車ではないし、「滑らか」という言葉では決して表現できない性格だ。

2速以上での挙動はよっぽどまともで、各ギアのセッティングも適切だ。16バルブ化により変速後のターボラグは抑えられているし、高回転域でも十分に力強い。

8Vだと5,000rpm以上まで回すと尻すぼみになってしまい、5,600rpm前後でかなりの騒音が発生するので変速せざるをえなくなる。しかし、新型インテグラーレではちゃんと高回転域まで活用できるようになっている。

インテグラーレに乗って一番驚くのはその穏やかさだ。インテグラーレはホモロゲーションモデルなので、4WD版ルノー 5GTターボのような車を想像する。しかし、実際は非常に静かで落ち着いており、ひとつの金属塊から削り出されたかのような剛性感がある。

一方でインテリアはあまり褒められない。インテグラーレの内装はよっぽど安いデルタと大差なく、安っぽいし装備もあまりない。照明は弱々しいし、ダッシュボードは軋むし、どこを見ても配慮が感じられない。しかし、こういった問題はWRCでの勝利とは何の関係もないので、少なくとも次世代モデルが登場するまでは改善されることはないだろう。

とはいえ、重要な部分の品質はかなり高い。エンジン、トランスミッション、ステアリング、タイヤ、いずれもどれほど酷使しようが耐えられそうに感じる。読みづらい名前のスカンジナビア人が森の中を命懸けで攻めることを前提に開発された車だけに、耐久性に関しては心配する必要などないなろう。

16Vモデルのギアチェンジはかなり滑らかで、まるでフォード車のように軽くて扱いやすいし、ケーブル式から油圧式に変わったクラッチも操作しやすくなっている。

8Vのインテグラーレは3万キロ走っても何の問題も起こらなかった。以前に所有していたプジョー 205 GTIはシルバーストンを10周しただけで異音を発するようになり、それ以来調子を取り戻すことはなかった。

interior

ゴルフの耐久性はインテグラーレに近いのだが、ランチアがフォルクスワーゲン並みの耐久性を実現していること自体が驚きだ。ただし、ホイールバランスだけは頻繁におかしくなり、定期的に調整しないとハンドリングが不安定になった。16V車についてはまだそういった欠陥は聞いていないので、これからが楽しみだ。

総合的に見て、インテグラーレは非常に優秀な車だ。燃料タンクは小さすぎる(飲んだくれのこの車に57Lは少なすぎる)し、ワイパーブレードが届く範囲は狭すぎるし、新しいボンネットバルジは奇妙だし、エアコンは悲壮だ。

しかし、ドライバーズカーとしては素晴らしく、なによりとてつもなく速い。上述したように、ゼロ発進加速の数字は大きく改善しているわけではないのだが、実際の加速はちゃんと改善している。少し古臭い見た目も好きだし、ABS(自動車の安全装備としてはシートベルト以来の大発明だ)も、靴が当たる部分をプラスチックで覆ったカーペットも気に入った。

インテグラーレの新型モデルは着実な進化を遂げている。