Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ボルボ XC40のレビューです。


XC90

何週間か前、私はテニスのトーナメントに参加した。前日の晩から続く頭痛に悩まされつつ駐車場へ行くと、エンジンがついたままの新型ボルボ XC40が停まっていることに気付いた。

車の中にも周りにも誰も人はおらず、テニスコートに行って誰の車なのか尋ねてみた。すると友人が「私の車です」と言った。どうやら昨日納車されたばかりのようだ。私はエンジンがついたままだと伝えたのだが、彼女はエンジンの止め方が分からないと言った。

よくよく話を聞いてみると、彼女はディーラーから家まで運転したのだが、Pに入れないとエンジンを止められないということに気付かなかったようだ。なのでエンジンをつけたまま家に入り、夕食を食べて眠りにつき、翌朝テニストーナメントの会場までそのまま運転してきたそうだ。

ここで疑問が生じる。エンジンの止め方すら理解していない一般人のために車のレビュー記事を書く意味などどこにあるのだろうか。それ以前に、スウェーデンの小さな女の子ですら原子力政策や工業政策、農業政策について語っているような世界で、車のレビューなどする意味がどこにあるのだろうか。

ディーラーに行くとオートカー・マガジンが置いてあり、そこにはルノーの最新モデルの試乗記事が掲載されている。しかし、一般人がエンジンの止め方すら知らないような世界で、グリップ性能やオーバーステア、ステアリングのフィールについて書く意味などどこにあるのだろうか。

かつて、自動車の開発に冒険心が存在し、本当の意味で「空いた道」が実在していた頃は、車のテストにも意味があった。当時、ハンバーとローバーはまったく違う車だった。自動車メーカーは新しいタイプの車軸やクラッチ、ブレーキシステムを続々と開発していた。当時は何もかもが新鮮で楽しく、オービスも存在しなかった。

しかし今は違う。外装を剥ぎ取ってしまえば、自分の車と隣の家の車はほとんど同じだ。どの車も安全基準や排出ガス規制という均一性に囚われている。

今や若者は車を運転したいなどとは思っていない。維持費はあまりにも高額で、駐車するためにもお金がかかるので、Wi-Fiが完備された電車に乗ったほうがよっぽど便利だ。

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にもかかわらず、オートカーはいまだに誰もが240Z(日本名: 初代フェアレディZ)を欲しがっていると勘違いしたままウェールズでコーナーを走り回っている。

今や、ボルボ XC40の操作性なんかより、自動車工場の食堂で働いている女性がどうやってエプロンの紐を結んでいるかのほうが重要だ。なにせ、車を購入しているのはエンジンの切り方すら理解していないような人間だからだ。

もし私がXC40のようなミドルサイズのクロスオーバーSUVを購入するなら、レンジローバーイヴォークを選ぶだろう。先日、新型モデルを少しだけ運転してみたのだが、車よりケールやイヤホンに興味のある人間に分かりやすく説明すると、特に布製のシートが気に入った。

私にはレザーシートが高級品扱いされている理由がわからない。レザーシートにはメリットが存在しない。エリザベス女王も革の椅子には座らない。なぜなら、暑い日には熱くなり、寒い日には冷たくなるからだ。確かにレザーシートは掃除がしやすいのだが、運転中に漏らすことなど人生に何度あるだろうか。

イヴォークを気に入ったもうひとつの理由はそもそも私がレンジローバーが好きだからだ。レンジローバーはスタイリッシュだし、それでいてドアハンドルまで泥に浸かってもなお突き進むことができる。こんな二面性は靴には真似できない。

しかし、レンジローバーが嫌いな人もたくさんいる。麻薬密売人の車と揶揄されることも多い。高級ホテルにはレンジローバーが溢れており、一般市民の中にある共産主義的精神からレンジローバーへの怒りが生まれる。選挙日にレンジローバーを乗り回せば労働党が圧勝するだろう。

しかし、つい最近までイヴォークの代わりになるようなミドルクラスSUVなど存在しなかった。厳密に言えば、代わりになりそうなSUVはごまんとあったのだが、どれもろくでもない車ばかりだ。無個性で野暮ったくて図体ばかり大きく、無駄に高価でオフロードでは使い物にならないし、かといって舗装道路でもまともに走らない。

ところが、最近のSUVの中には魅力を感じるものも登場してきた。『スペース1999』に出てきてもおかしくなさそうなヒュンダイやキアもある。フォードの新型クーガも良い意味で塊感がある。しかし、そんな中でも特に魅力的なのがボルボ XC40だ。

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まず見た目が非常に魅力的だ。それに快適性も高く、装備も充実しており、車内のスクリーンもスタイリッシュだ。オプションでApple CarPlayやハーマンカードンのオーディオシステムを装備することもできる。ボルボはSky Atlanticで放送される面白い番組のスポンサーもしている。もっとも、経営しているのは中国企業なのだが。

少し前、ボルボは全てのモデルにディーゼルエンジンを搭載するべきであると宣言していた。ところがエコ信者が宗旨変えをした結果、ボルボは一点賭けするのをやめた。おかげでパワートレインには様々な選択肢がある。ディーゼルだけでなく、ガソリンも選べるし、ハイブリッドも追加予定となっている。

トランスミッションはMTとATが選べるし、2WDと4WDも選択可能だ。ただ、選ぶなら2WDだろう。4WDが必要ならイヴォークを購入したほうがいい。

ただし、安全性を重視するなら話は別だ。別にレンジローバーの安全性が低いと言っているわけではない。むしろイヴォークの安全性は高いだろう。けれど、ボルボだけは別格だ。ボルボのベストセラーであるXC90によって死んだ人間はここ15年間でなんと0人だ。

XC40にはあまりにも多くの安全装備が詰め込まれているため、致死率はゲートボールより低いだろう。道路前方の障害物を認識し、警告後にドライバーが反応しなければ自動的にブレーキをかけてくれる。

車線から逸脱しそうになるとステアリング操作をドライバーに代わって行い、万が一事故が起きた場合はシートベルトがきつく締まり、シートが乗員の動きに合わせて動くことで乗員の身体を守ってくれる。しかも、ボルボは来年までにボルボ車内での死亡者および重傷者数を全世界で0にするという公約を掲げている。あまりにも大胆だ。

ハンドリングや加速性能、燃費性能についてはどうだろうか。いずれもそこそこ優秀ではあるのだが、SUVのレビューでは誰もそんなことなど気にしない。重要なのはエンジンの切り方も知らないような人間をいかに安全に輸送できるかだ。そしてそれ以上に重要なのは、私がテニストーナメントの最終セットを6-0で勝利したということだ。