Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「Top Gear」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれたTVR タスカンのレビューです。


Tuscan

健康と安全を徹底すれば、日常からあらゆる危険を排除できるようになる。その結果、人間の本能である冒険心や向上心は完全に失われることだろう。なので私は6歳の娘にカートを運転させることにした。

いろいろあったのだが、皮膚移植も成功し、娘は無事退院することになった。2ヶ月もすればちゃんと歩けるようになるだろう。

この経験から私は何かを学んだのだろうか。食事をするときに安全ゴーグルを掛け、芝を刈るときには蛍光ジャケットを着るようになったのだろうか。健康と安全の専門家の意見に基づき、カートを製造した企業およびカートを貸した企業、ついでにトニー・ブレアに数百万ポンドの賠償金を請求する準備をしたのだろうか。

その答えはノーだ。つい先程、役所の環境健康課から電話があった。事故の詳細を聞かれ、誰かに何らかの怠慢があったのではないかと尋ねられた。なので私は、事故というものはたとえ肘と膝にプロテクターを付けていたとしても起こるものだとだけ説明して電話を切った。

これがTVR タスカン2の話に繋がる。タスカン2はTVRが14歳のロシア人実業家に買収されてから登場する最初のモデルで、これまでのTVRよりずっと運転しやすく、扱いやすくなったそうだ。

しかし、依然としてエアバッグもABSもトラクションコントロールも装備されていない。ただし、ひとつだけ安全装置がある。エンジンを始動させるためのプロセスはあまりに複雑なので、そもそも車を動かすことができない。動かない車ならそうそう事故は起こらないだろう。

6気筒エンジンを始動させるために視界に入るありとあらゆるボタンを押しているとようやくエンジンが始動した。しかし、ボタンを押しまくったのであらゆるシステムが作動してしまっている。それにエンジンを切ることすらできない。それどころか、ドアハンドルがないので車から出ることさえできない。

なので私はハザードもリアフォグランプもすべてオンのまま友人の家まで運転した。そして家に着いたら友人に電話し、外からドアを開けるように頼まなければならなかった。きっと彼女は私の頭がおかしくなったと思っただろう。

rear

それから1週間が経過し、ようやく車の操作を覚えて運転に集中できるようになった。では果たして、タスカン2は本当にタスカン1よりも運転しやすい車なのだろうか。

TVRによるとステアリングは前よりスローになったらしく、以前のようにステアリングを4分の1回転させただけで反対車線に飛び出すことはなくなったのだが、それでも依然として凶暴だ。この2台を比較するのはヴェロキラプトルとティラノサウルスを比べるようなものだ。

スピードはどうだろうか。アクセルを踏み込むとリアが排便中の犬のように沈み込み、続いて車は全く新しい時空間へと駆け抜けていく。前より運転しやすいだなんて、日常の足が『スター・ウォーズ』のXウイング・ファイターでもない限り言えない。

しかし、これは喜ばしいことだ。TVRらしさはまだちゃんと残っている。パブに入り浸る喧嘩上等の酔っ払い悪党のままだ。

TVRを買収したロシア人は工場の製造ラインからタスカンを取り出し、その凶暴さにまったく手を加えることなくそのまま製造ラインに戻した。喜ばしいことじゃないか。ただ、喜ばしくないことに、品質に関しても何も変わってなさそうだ。品質は過去のTVRでも最大の欠陥だった。

ロシア人はフォルクスワーゲンとの提携も検討したようで、フェートンにTVRのバッジを付けて売ろうとしたらしい。しかし、こんな計画が通るはずはない。そんな取引をしてフォルクスワーゲンがどうやって利益を出すのだろうか。

今でもカーペットやルーフの裏側に落書きがされているのかは確かめなかった。けれど、実際にTVRの表皮を剥がしてやれば、そこには巨大なペニスが描かれているはずだ。

それでも、新しくやって来た実業家が品質問題に真摯に向き合ったことを信じたい。ただ現実的に、そんなに期待はできなさそうだ。試乗車は130km/hで走行するとワイパーが窓から完全に浮いてしまった。

interior

しかしこれは安全装置なのかもしれない。これ以上のスピードで走るのは危険だと教えてくれているのだろう。助手席の窓を閉めようとすると、一番上まで行ってからしばらくしてまた下がるという現象も経験した。何のためのものだかは分からないが、おそらくこれも何らかの安全装置なのだろう。

もし私が自分の金でTVRを購入したら、「馬鹿野郎」とでも落書きして工場に送り返してやるだろう。けれど、今のTVRは悠長に車を買おうか考える時間すら与えてくれない。

TVRは15分おきに新型車を発表している。広報部門いわく「見た目は15分前に発表されたモデルとほとんど同じだが、中身は完全に刷新されている」らしい。しかしそれは嘘だ。グリフィスも、タモーラも、T350Cも、タスカンも、キミーラも。どれもまったく同じ車だ。

もっとラインアップを整理する必要がある。コンバーチブル1台とクーペ1台で十分だ。それに、直列6気筒エンジンなどではなく、V8エンジンを搭載するべきだ。6気筒などゲイのためのエンジンだ。

残念ながら、これが実現することはないだろう。TVRは今度はサガリスという新型車を発表した。これはT350Cの後継車であり、要するにT350Cだ。

TVRが心配だ。今ある資金は無意味な新型車を生み出すためでなく、まともに動く電装系や雨を拭くことのできるワイパーを開発するために使うべきだ。もし資金が尽きてTVRが消えてしまったら、私はきっと悲しむだろう。

TVRの車は魅力的だ。タスカンは1トンのアドレナリンが入った巨大注射器だ。福祉国家に楯突く危険な車だ。それだけで他の車とは違う魅力を見出すことができる。