米国「Car and Driver」によるアキュラ TSX(2004年モデル)の試乗レポートを日本語で紹介します。

※内容は2003年当時のものです。


TSX

フェリス・ビューラーは友人の父親から”拝借”したフェラーリ 250GTカリフォルニアについて、作中で「最高だ、これ以上の車はない」と語っている。こんな表現ができる車はフェラーリ以外にほとんどない。

例えば、アキュラのラインアップの中から探すなら、当てはまるのはNSXくらいだろう。ホンダの高級車ブランドの中には、フェラーリの名声やパフォーマンスに対抗できるような車はそれしかない。

しかし、最近の車はどんどん優秀になり、「最高」という表現は何もスーパーカーだけに当てはまるものではなくなってきた。普通の車の中にも、言いようのない特別感があるモデルが存在する。

アキュラはTSXというスポーツセダンを発売した。この車はスペックでは競合車と大差ない(かといって性能が低いわけではない)のだが、その走りには違いがある。TSXは非常に滑らかに、正確に走る。

TSXのターゲットはフェリスの言葉を鮮明に覚えているであろうジェネレーションXだ。その世代は今や30代前後で、アキュラの資料によると、大半が既婚者で、半数以上が男性で、平均年収は8万ドルだそうだ。

RSXの顧客は大学を出たばかりの若者が多く、TLの顧客は子供のいる中年層が主だ。この2台では埋められないギャップを埋めるために登場した26,990ドルのTSXの中身は欧州仕様ホンダ・アコードであり、6速MTとマニュアルモード付きの5速ATが設定される。

TSXのターゲット層は30代であり、妻は巨大な羽根の付いた三菱 ランサーエボリューションやスバルSTIの購入など簡単には許さないだろう。なので、実質的にそのような高性能車と競合することはなさそうだ。

実際のライバルとなるのは、V6エンジンを搭載するマツダ6(日本名: アテンザ)だろうし、もし本当にホンダの思惑通りアキュラの「A」のバッジに価値があるのだとしたら、レクサス IS300やA4 1.8T、BMW 325i、サーブ 9-3、メルセデス C230 コンプレッサーとも競合するだろう。ただし、この中でアキュラと同価格帯で同等の装備を有するのはマツダだけだ。

27,000ドルを切る価格ながら、TSXの装備は充実している。フロントシートヒーター付きのレザーシートやデュアルゾーンオートエアコン、電動サンルーフ、360Wオーディオ(6連CDチェンジャー付)、ディスチャージヘッドランプ、17インチホイールは標準装備だ。TSXに設定されるオプションは2,000ドルのボイスコマンド付きナビゲーションシステムだけだ。

interior

実際に室内に入ってみると、車に支払ったお金すべてが内装に費やされたのではないかと感じた。レザーは上質で、メタリックのアクセントも味わい深く、LEDの計器類やプラスチックの質感も高く、内装だけ見ると価格が2倍でもおかしくないと感じた。ダッシュボードに使われているウレタンも作りがきめ細やかで、どこを見ても高級感がある。

実際に走り出してみると、内装以外にもしっかりお金がかけられていることに気付く。2.4Lのi-VTEC 4気筒エンジンは最高出力203PS/6,800rpm、最大トルク23.0kgf·m/4,500rpmを発揮する。他のホンダ製高回転型エンジン同様、TSXのエンジンも3,000rpm未満ではあまり性能を発揮してくれないのだが、4,500~6,000rpmあたりではエンジンが一気に力強くなり、そこから一気にレッドゾーンまで吹け上がっていく。

エンジンの性能に不足を感じることはない。6,000rpm前後でi-VTECが作動すると、まるで「ゾーン」に入ったアスリートのごとくエンジンが回りはじめる。強力なパフォーマンスは苦もなく発揮される。

いくらエンジンが優秀でも、トランスミッションが駄作なら台無しだ。重量配分への配慮によりマグネシウム製ケースが採用された6速MTはシフトストロークが非常に短く、操作は軽いし、素早く操作することができる。変速は手首だけで操作可能だ。

パワートレインの相性は良く、おかげで加速性能も高い。0-100km/h加速は7.2秒で、レクサス IS300と同等だし、サーブ 9-3 ベクター(7.3秒)よりは速いのだが、BMW 325i(7.0秒)やマツダ6(6.8秒)には負ける。

より現実的な数字として、10-100km/h加速は0-100km/h加速よりわずか0.5秒だけ劣る。クロスレシオのトランスミッションのおかげで2.4Lエンジンの性能が最大限発揮できているのだろう。0-400m加速は15.6秒(146km/h)と十分に速く、TSXよりトルクのあるBMW、レクサス、マツダ、サーブとの差はわずか0.2秒だった。

TSXのサスペンションは前後ともにダブルウィッシュボーン式で、フロントには25.4mmの中空スタビライザーが、リアには15mmのスタビライザーが装着されている。アメリカ仕様の4気筒アコードとは異なり、TSXにはストラットタワーバーが装備されており、またアコードのリアスタビライザーは14mmなので、TSXのほうが剛性は高く、ロールも少ない。

高剛性の代償として乗り心地が悪化しているわけでもない。さすがにアコードほどソフトなわけではないのだが、それでも路面の衝撃はしっかりと吸収してくれる。ただし、乗り心地が硬めであることは確かで、スバルのWRXも彷彿とさせる乗り味だ。

スキッドパッドテストでは0.85Gを記録した。当然ながらアコードの4気筒車(0.77G)よりは優れているし、サーブ 9-3 ベクター(0.83G)やマツダ6(0.84G)といった前輪駆動車だけでなく、後輪駆動のレクサス IS300(0.78G)にも勝っている。ただし、BMW 325i のグリップ性能(0.86G)には敵わなかった。

rear

これだけグリップ性能が優れているのだから、コンパウンドの軟らかいサマータイヤを装備してほしいところなのだが、標準装着されるのは215/50VR17のミシュラン Pilot HX MXM4 オールシーズンだ。このタイヤも性能に文句はないのだが、やはりオールシーズンタイヤだけに妥協が見られる。RSXに装着されるヨコハマ AVS ES100の方が良かっただろう。

しかし、せっかくグリップ性能が高いのだから、それに見合うだけのパフォーマンスも欲しいところだ。プラス20~30馬力、欲を言うなら40馬力くらいあればシャシの本領が発揮できるだろう。

とはいえ、これ以外にTSXの走行性能に関して文句はない。ステアリングはどの域であっても軽く正確でダイレクトだし、中立域でも十分に剛性感がある。ブレーキディスクはフロントが11.8インチ、リアが10.2インチで、1,472kgのTSXを110km/hから56mで停止させることができる。

限界域付近で走らせたとしても、意図しない挙動をすることはほとんどない。前輪駆動車としては非常にバランスが良く、前後重量配分は60:40だ。高速でコーナーに進入するとアンダーステアやロールを呈して扱いづらくなることもあるのだが、その挙動も非常に素直だ。

制御が効かなくなったらスロットルを緩めて速度を落とし、再びアクセルを踏めばノーズはしっかり入ってくれる。ハンドリングに関してはかつてのホンダ・プレリュードを思い出させる優秀さだ。速くハードに走るほどに自信が持てるようになる車だ。

3万ドル未満のスポーツセダンを探しているなら、是非ともTSXを検討するべきだ。0-100km/h加速が最速なわけでも、制動性能が最善なわけでもないのだが、走りの素直さ、正確さでは他のどの車にも負けないだろう。

選択肢の多いこのセグメントにおいて、TSXはまさに”最高”の車だろう。TSXは決して人目を引くことはないだろうし、カタログスペック的にも平凡だ。けれど、TSXはフルオーダースーツのごとくドライバーに見事に合った正確な走りを、フィールを見せてくれる。快適性も高く、装備も充実しており、それでいて価格も安い。重要なのはホームランを打つことではない。試合に勝つことだ。