Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2009年に書かれたサーブ 9-3X 2.0T XWD のレビューです。


9-3X

ご存知の通り、公権力は都市部の制限速度を下げようとしている。無能な研究者たちによると、制限速度の引き下げにより、3万人の子供の命が救われ、アフガニスタンの戦争が終わり、風邪まで治るそうだ。

馬鹿げている。都市部の30km/hの制限速度を守って運転してみたのだが、事実上不可能だった。勾配が存在する現実世界においてこんな低い速度を維持するためには、ほとんど常にスピードメーターを凝視し続けなければいけない。

言うまでもなく、30km/hで歩行者を轢くのと60km/hで歩行者を轢くのとでは、前者のほうが生存率は高い。しかし、無能な研究者たちは、まともに運転していれば歩行者を轢く可能性などほとんどないということに気付いていない。なぜなら、彼らは車輪の内側に装備されているディスクの存在を知らない。これはブレーキというものだ。

60km/hで走行中、バスの影から酔っ払いが飛び出してきたとしよう。しかし、ブレーキという文明の利器を使えば、その酔っ払いに衝突する頃には30km/hまで減速している。つまり、その酔っ払いはほぼ無傷で助かるはずだ。まして酔っ払っているのだから、痛みすら感じないだろう。

運転免許を取得できるような年齢の人間には、通常の交通状況において適切な速度を判断するくらいの知能はある。もちろん、中には市街地で140km/hを出すような馬鹿もいるのだが、そんな馬鹿は制限速度が下がったからといって速度を下げるはずがない。

飲酒運転についても同じようなことが言える。数mgの制限変更で飲酒運転するような人間がそれをやめるとは思えない。単純に違反の度合いが増えるだけで、何の変化ももたらさない。

しかし、私がいくら合理的な提案をしたところで、権力者が意見を変えることはない。政府は一般市民に知能があるとは決して認めない。ここであるアイディアを思いついた。イギリス政府は変わり者を演じたいハリウッドスターに人気のサーブを買収するべきだ。

サーブは今、厄介な状況にある。サーブはGMに買収され、その後経営破綻を理由に大規模なリストラを敢行した。現在、サーブは買い手を募集している。

ケーニグセグがサーブを助けるナイトになるのではないかという話もあったのだが、結局は上手く行かなかった。もっとも、ケーニグセグは従業員45人、年間販売台数18台しかない企業なのだから、従業員4,500人、年間販売台数93,000台のメーカーを経営することなどできるはずがない。

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続いてオランダのスーパーカーメーカー、スパイカーがサーブの買収に関心を示したのだが、やはり上手くは行かなかった。GMは工場の閉鎖を進めているのだが、今サーブを購入してもちゃんと保証は続けられるそうだ。そして在庫車が売り切れると、サーブは本当に消滅する。その結果、年間93,000件事故が増加するだろう。

私はあまり飛ばす方ではないのだが、ロンドンからサリーのTop Gearテストトラックまでの道はよく運転するので、そこそこ早く移動することができる。というのも、私は経験からどの車線を走行するべきか、どの抜け道を使うべきかを理解しているからだ。これにより、かなりの時間を節約することができる。

ギルドフォードには貨物車専用レーンがあるのだが、標識にはあくまで「貨物車専用」と書かれているだけだ。私が乗っているメルセデスのAMGであろうが、貨物を運搬するために使えば貨物車になるだろう。

ところが先週、サーブに乗ってそこを走ったときのことだ。言うまでもなくサーブは貨物車なのだが、私はそのレーンを走る気になれなかった。私は混雑する車線を走り続けた。

すると55km/hで走るプジョーの後ろについてしまった。普段ならこのドライバーを酸の浴槽に漬けてインターネット上で斬首したいと思うのだが、その時は何も感じなかった。私はただひたすら微笑むばかりだった。

これは作り話などではない。サーブは私の運転スタイルを変えた。私を穏やかな人間に変えた。ひょっとしたら、その日アウディかBMWに乗っていたら誰かを殺してしまっていたのかもしれない。

つまり、サーブは人の命を救うということだ。それゆえにイギリス政府はサーブを滅亡の危機から救うべきだ。そうすればイギリスの道路から暴力性をなくすことができるだろう。

確かにサーブはつい最近まで自社の車には戦闘機の血統があると宣伝していたのだが、そんなのは馬鹿げている。私が運転した9-3X XWDにあるのはヴォクスホール・ベクトラの血統だけだ。

とはいえ、香辛料だらけのカレーに入れたネズミ肉と同様、ベクトラの血統も見事に隠されている。運転してみてもまるでベクトラらしさは感じられない。

XWDとはCross-Wheel-Drive(普通の人間用語に直すと4WDのことだ)の略なのだが、つい最近までサーブは4WDなど無意味だと言っていたはずだ。かつてサーブは凍った湖の上で試乗会を開き、前輪駆動のサーブが4WDのアウディと同等の性能を持っていることを証明した。

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とはいえ、この4WDシステムは性能を高めるためのものではない。9-3Xは若干地上高が高くなったステーションワゴンで、シュコダ・オクタヴィア スカウトアウディ A4オールロードの同類だ。なので、農場でちょっとした農作業ができるように設計されており、電子制御式のLSDも搭載されている。

しかし、農作業はできても、ドライバーを楽しませることはまるでできない。かつてのサーブ製2Lターボエンジンには元気があったのだが、これは違う。かなり遅い。びっくりするくらい遅い。0-100km/h加速は8.2秒らしく、その数字に嘘はないのだろうが、その加速をするためには車を鞭で打って苦しめなければならない。

この車は低回転域のトルクが欠如している。2速で交差点から加速しようとしても何も起こらず、エンストしてしまう。25km/hまでは1速のままにしておかないと酷い振動とともに死んでしまう。普通の車ならこんなことが起きれば発狂してしまうのだが、サーブなので穏やかに笑いながら1速を維持することができた。

目を引くような装備もない。唯一あるのは夜間にダッシュボードのライトをすべて消灯するためのスイッチだけだ。確かにここには戦闘機らしさがある。しかし、これに使い道など存在しない。

これらの欠点を無視すれば、それなりに良い車だ。4人が快適に座れるし、荷室も広いし、乗り心地も良い。けれど、これよりずっと安いシュコダほど優秀なわけでもない。

26,000ポンドという価格は合理的だ。スタイリッシュだし、サーブには多少のブランド力もあるし、フレームの細い眼鏡を掛け、黒のタートルネックを着て運転すれば、周りの人からは建築家だと思われるだろう。しかし、ナビやパワーシート、電動ドアミラーを装備すると、価格は3万ポンド近くまで上がってしまう。あまりにも高い。

ここで結論を書かなければならない。どうしたものか。正直、サーブがなくなってもそれほど寂しさは感じない。けれど、子供が街で自転車に乗るとき、周りの人間にはサーブに乗ってほしい。