Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フェラーリ GTC4Lusso T のレビューです。


GTC4Lusso T

GTC4Lussoが忘れられない。おかしくなりそうだ。10年ほど前、私はもう二度とスーパーカーは買わないと誓った。これまで、フェラーリもランボルギーニもフォード GT も所有し、もう満足したはずだ。

スーパーカーが夢の車と呼ばれるのには理由がある。スーパーカーは現実世界には決して適合しない。あまりにやかましく、あまりに派手で、あまりに非実用的だ。例えば、スーパーカーから降りてきた人に対して「ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします。」なんてことを言う人がどこにいるだろうか。

スーパーカーは頭の良い人間、地位の高い人間のための車などではない。ただ周りの人間に自分の事業が好調であることを吹聴するためだけの車だ。きっとスーパーカーの購入者が次に買うのはライオンの石像だろう。

GTC4Lussoには他にも問題がある。以前に試乗記事を書いたこともあるのだが、その際には、4WDシステムやV12エンジンの無意味さや、笑えるほどの巨大さについて指摘した。それに、この車はわずか4ヶ月で5万ポンドも値が下がってしまう。

それでも、この車は私の魂を貪り続ける。南フランスまでこの車で出掛けてボートを楽しむ情景が浮かんで消えてくれない。馬鹿げていることは自分でも分かっている。GTC4Lussoを買ったところでフランスには飛行機で行くはずだ。どんな車であっても、大量の警察に監視された道路を10時間も運転することを楽しめるはずがない。そもそも私はボートなど所有していない。

そもそも、南フランスのアンティーブにある港近くの道はGTC4Lussoが走れるほど広くはない。つまり、実際にアンティーブに行くためにはパークアンドライドを利用するしかない。そんなのは最悪だ。

それでも、それでも。フェラーリのスポーツワゴンが、快適な4シーターが、踏み込めば吠える静かなクルーザーが、欲しくてたまらない。それに、GTC4Lussoには2WDのV8モデルもちゃんと設定されている。

rear

それがここにある。今、家の前に停まっている。まさに今、原稿を書きながらその車を見つめている。ただし、見ているのは車の一部分だけだ。車の全体を見渡すためには車から50kmは離れなければならない。

普通、フェラーリはエンジンや駆動方式を顧客が選択することはできないのだが、GTC4Lussoではそれができる。そして間違いなく、この2WDのV8モデルこそが唯一の正解だ。

ツインターボV8エンジンを搭載する GTC4Lusso T は最高出力が610PSで、V12モデルより80PS少ない。しかし、Tのほうが軽いので、実質的なパフォーマンスはほとんど同じだ。確かに超高回転域ではV12のほうが音は良いのだが、V8のほうが燃費が良い。それに…。

そもそも、V12は運転していて楽しくない。あえてこういう表現をしてしまうが、V12は扱いづらい。フォード・フォーカスのトランクに肥満男性を乗せたような状態とまでは言わないが、かといって夏のそよ風に揺れる羽のように軽快なわけでもない。一方、V8の走りはただただ美しい。

V12とは違い、決して扱いづらさは感じない。ステアリングを操作すればフェラーリらしい繊細さがある。これはフェラーリ以外の車では決して体感できない。四輪操舵のせいでごく低速でも同乗者を酔わせてしまうのだが、それでも4WDではないので随分とましになっている。前輪は前輪の仕事に徹することができる。この走りには敬服するほかない。

ドリフトをさせることもできるし、かといって大雨の日に火のついた狂人のごとき運転をしても破綻することはない。トラクションコントロールを切ってラウンドアバウトを走ってみたのだが、トリー・キャニオンのごとく横滑りしたにもかかわらず、スバル・インプレッサくらい意のままに操ることができた。

けれど、これは決して GTC4Lusso T の本質などではない。サーキットや午前2時のスーパーの駐車場でGTC4Lussoを見かけることなどないはずだ。この車はもっと成熟した人間のための車だ。ドアパネルには余裕を持って肘をかけられるスペースまである。この車は静粛性が高く、乗り心地もかなり良く、「落ち着いた車」とさえ表現できてしまう。そんなフェラーリはこれまでになかった。

interior

室内はかなり居心地が良い。作りはしっかりしており、認定中古車に2年保証が付いていることにも頷ける。オプションではあるのだが、助手席用のディスプレイまで装備できる。これを使えば、好みに応じて、流れている音楽を表示することも、回転数を確認することも、速度を確認することもできる。カラオケがない点だけは残念だった。

ドライバー用の装備にも不満はないのだが、依然としてハイビーム、ワイパー、方向指示器などの操作系はすべてステアリングに集約されてしまっているので、運転中に何かの操作を行うことはできない。

操作系を車内で唯一位置の変わるパーツに配置するのはあまりにも間抜けだ。配置がずれるのだからまともに操作できるはずがない。にもかかわらず、フォードすら新型GTで同じ過ちを犯している。狂気の沙汰としか思えない。

ステアリングが回転してしまっているため、左ウインカーのつもりで右ウインカーを出してしまい、ドライバーは混乱に陥るのだが、当然ながらそんなときにスピードメーターなど見ている余裕はない。

どんな車であれ、何も考えないで運転していれば特定の速度に安定する。ポルシェ 911 の場合、どういう理由かは分からないのだが90km/hで安定する。ミニクーパーはだいたい160km/hだ。そしてフェラーリは188km/hだ。つまり、常に集中して速度を調整しなければならない。

ただ、これは大した問題ではない。スピードが罪と見なされない国であればこんなのはなんでもないことだ。しかし、どんな国でも問題となるのがブレーキだ。カーボンセラミックブレーキを装備しているため、冷えている状態ではまったくもって使い物にならない。

けれど、それでも私の気は変わらない。V8モデルを運転して、GTC4Lussoに対する想いはさらに募っていく。本気で欲しいと思っている。その理由はひとつしかない。ただひたすらに最高の車だからだ。